Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

君去りし後

 阪神特急が、まさに優勝街道を電車道で突き進んでいる。

 

 それを横目で眺めながら、当極北のブログらしく、これからの阪神について暗めに書いてみたい。

 まず先月も取り上げたのだが、藤川阪神の原動力である輝-森下のユニットは、おそらく遅くとも27年をもって見納めとなるだろう。言うまでもなく輝のMLB挑戦がトリガーである。

 そしてその二年後の29年までには、森下も海外流出の運び。猛虎史上でも類を見ない好感度を叩き出すこのユニットが、あと数年で甲子園から跡形もなく消滅するのだ。この衝撃の事実の肝は、二人して選手としてその盛りに去られる点ではないか。

 この定めを、果たして並みの阪神ファンたちは耐えられるのであろうか?

 あえてパラフレーズするが、どれだけのトラキチたちが逃げ出すのか、ということなのである。

 甲子園だけではなく、神宮や横浜ですら、輝、翔太のロスに包まれるのは間違いない。この春以降、関東の野球少年たちの間でも、阪神の二人へ熱い支持を取り付けているというのだから(元ロッテYouTuber里崎談)。

 

 まぁこうして今から嘆いているようでは、違う意味で鬼に笑われそうな話ではある。だが、自称プロの阪神ファンとしてはここで怯むわけにはいかない。なぜなら87年から01年までの長きに渡った暗黒時代とは、ある意味 ”バース、掛布、岡田”、この三人のロスから始まったことを知る者は少ないからだ。

 

 言うまでもないことだが、バース、掛布、岡田の後釜を一人として用意していなかった当時の球団編成どもの罪は重い。

 ”三人ともあんな風にすぐに衰えたり、いなくなったりするとは思わなかったから”

 などという言い訳を聞かされるたびにうんざりしたものだ。

 ならばこそ、輝-翔太の不在に備え、今から弾込めすべきなのである。

 しかし世間の反応はといえば、

 「このVロードのおめでたい日々の傍らで、縁起の悪いこと言うなよ!」

 そんな感じだろう。

 そこは理解しよう。

 だが、ここに目をつぶってしまうと、つまり今勝っているからといって、迫りくる輝、翔太の流出について思いを馳せないでいると、五年後、十年後の阪神の姿を語ることなどできっこない。

 そこに憂いが及ぶ、及ばないが、阪神ファンとしての価値を決めると言って良いのではないか。

 じゃあ具体的にはどうすりゃええのってことで、結論だけ簡単に言おう。

 向こう三年間のドラフトは、上位、できれば三位までは打者の指名に偏重せよ、そういうことである。

 

 毎年、 ドラフトの目玉の八割は投手である。だがその誘惑をグッとこらえ、”こいつはワンチャンあるぞっ”、という大型のスラッガーへの指名に特化するのだ。

 裏を返すなら、150㌔投げる大社の投手だけではなく、140㌔超のストレートを武器にする高校生エースも、頑張れば四位以降で獲れるから、というのがある。

 たとえばジュニアオールスターを席巻した西武の篠原は五位。今をときめくハムの北山は八位だし、うちの石井も八位、村上は五位。中日の松山は育成一位で、160㌔右腕の工藤も同様。

 頑張れば、と言ったのはつまり、血眼になって探せば必ずいるということである。

 だが残念ながら打者はそういうわけにはいかない。

 Next 輝、森下を探し当てる旅路は、決して平坦な道のりではない。即戦力打者と誉れの高いピカピカの大卒野手を一位で獲ったところで、その後の活躍は未知数。二、三年経ってもー軍と二軍を行ったり来たりってことはザラ、という事実がそれを暗示している。

 そのあたりについてここで深くは書かないが、とにかくスラッガー候補の歩留まりは悪い。

 とはいうものの数撃ちゃ当たるというのも違う。書いていて矛盾を抱えているようで気が引けるが、これだけは言える。

 下位でスラッガーはほぼ獲れないと。

 つまり上位で指名するしかない。それでも思ったような成長曲線を描くことは稀なのである。

 

 再来年からはセリーグにもDH制が導入される。守備や走力には目をつぶって、ボールを潰すような打球音を響かせる打者を獲るべし、という気運は上がるとみるがどうか?

 個人的にはチーム内にそういう候補は何人いても良い、そこにぶれはない。

 荒っぽい選手ばかりを集めてどうするのか、きっとそういう声も上がるのであろう。だが、東京六大学野球だけではなく、高校野球にもDHが導入され、すべてのカテゴリーにそれが行き渡ることで、この国の野球も変わっていく。細かい野球がなくなるとは思いたくないが、大味な部分は間違いなく増えていく。そういった領域を支える選手というのは、極端にいえば三振かホームランかという打者になるのではないか。

 また近年、いわゆる助っ人がほとんど成功しないので、国産への需要も高まるばかり。長打を打てる選手の層の厚さが、順位どころかペナントにも直結する可能性まであるようにも思う。

www3.nhk.or.jp

www.yomiuri.co.jp

npb.jp

 

 でっ、ここまでは比較的表の話というか、目に見えてくる時系列の流れということでいいだろう。問題は繰り返すようだが、プロでも長打を打てる選手を、どうラインナップするか、これに尽きる。

 打者育成の歩留まりの悪さを球団として究明し、それが現場の問題なのか素材が悪かったのか、しっかりと整理すべきであろう。

 私のなかではこの問題について答えは出ている。素材、つまり選手を連れてくるスカウト側の問題という風に理解している。

 根拠はどこにあるのか。それは流動性にある。

 現場の人間はそれが高い。コーチというのは他のチームから声が掛かってなんぼ、それによって評価が決まるとも言える。一方、複数球団を渡り歩くようなスカウトは案外少ない。一つのチームにずっと留まる、契約も含めてそういうタイプのスカウトが多いようだ。

 コーチの能力は市場価値が勝手に決めて淘汰もされていくのだが、スカウトは評価したくともそれはブラックボックスの中にある。つまり実に判りにくい。

 

 スカウトの流動性はむしろ昔の方があったのではないか。

 阪神だと高木スカウトが中日から来たり、今成スカウトがファイターズへ出ていったり、というのがあった。巨人では長谷川スカウト部長が有名か。まぁ彼は辰徳案件ではあるが。

 スカウトや編成部門は特殊な分野である。閉鎖的だと決めてはかかれないし、渡り鳥のスカウトが有能であったかといえば、単に世渡りが上手かったというケースも多かった。

 スカウトにも流動性が必要だ、などと無責任には言いきれない。がっ、そこを承知のうえであえて言うならば、スカウトのステータスを高めるためにも、まずはプロのスカウトがその地位を球団内で確立して、ゆくゆくはいろんなチームから引く手数多になる、というのが理想だろう。

 その一方、いまだに古い昭和型のスカウトが幅を利かせているように思えることがある。大金を動かせて、名門アマチームの歴代監督とは泥懇、みたいなのを有能なスカウトだとする価値観がまだ根付いているような・・・・。もしそうなら、それは明らかに根本氏のせいだろうな。

 

 少し昔話をすると、上で挙げた高木スカウトは困った方であった。99年のドラフトで、いきなり異動してきたばかりの彼に、二位、三位の指名を丸投げした阪神球団には唖然とさせられた。よっぽど当時のスカウトたちは自信がなかったのだろう。監督の野村に、指名後ネチネチやられるのを恐れているようでもあった。

 因みにあの年の一位の担当スカウトは永尾。そりゃあかんわな。

 当時関東担当のスカウトをしていた菊池氏は、YouTube に出たり、東スポにコラムを書いたりで、阪神のスカウト陣がいかにテキトーであったか語っておられる。私に言わせれば、アンタに責任はないのかい? と言いたくなる。

 薮や井川、鳥谷を指名できたのは彼の功である。しかし阪神というチームが掛布以降、長きに渡り自前のスラッガーを育てきれなかった要因のーつは、間違いなく当時の阪神スカウトたちの力量不足だ。

 菊池氏を名スカウトと呼ぶかどうかは悩ましいところだが、誰もが認める伝説のスカウトと呼ばれる方であってさえ、スラッガーの値付けに失敗しているケースは多い。いつまでたっても裏技、寝技を繰り出してみせるのが有能スカウトだとしていたら、選手を視る目なんてものが育つわけないのである。

number.bunshun.jp

 

 というわけで、ここからは自分のアマチュア野球を見る際の今後の立ち位置について語ってみたい。二、三十年前はスカウト気取りでアマ野球観戦することを日課にしていたが、ここ十年は、贔屓チームのスカウトが良くなったことから、一端そこを引き、大学のセレクターの気分で選手たちを眺めるようになった。それはそれで楽しい日々であった。

 しかし、である。冒頭でぶち上げた通り、今年阪神が優勝するその裏で、黄金時代を崩壊させる時限爆弾の導線に火が点いた。まさにお家のー大事!

 ならば”なりきりスカウト”として復帰する以外あるまい。

 だがたくさんの選手を観るのは事実上無理・・・・。

 というわけで、打者に特化。一も二もなく輝、森下の後釜探しが目的。甲子園でも一発ぶち込めるスラッガー捜索・発掘と弾込め、さらにはその指名に向けた啓蒙・提案・推進を目的としてブログ内活動に精進する所存です。

 乞うご期待!!

 

 本日は以上です。

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