新年明けましておめでとうございます。
今年が皆さまにとって良い年となりますこと、心よりお祈り申し上げます。
そして引き続き当ブログ、ご愛読賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

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高野連、ついにやりおったわ・・・・。
絶対に阻止せねば!
というわけでご協力お願いいたします!!

感想、意見、ツッコミなどがございましたら、X(旧Twitter) @HakudouMeifu までお願いいたします!
「行けるで!」
藤本はマウンド上のホークスの光景をつぶさに見てそう独り言をいうと、腕を組んだまま立ち上がった。岡田は先ほどからさかんにベンチを見ている。藤本はそれに気づきながらもあえて目を閉じた。
村山は喰い入るようにモニターを眺め、試合直前に言った藤本の言葉を思い起こし、そしてついに古狸の通りの試合展開になった、流石やないかとボールを足下に叩きつけた。

マウンドには佐藤道が上がる。佐藤道は野村にとって子飼い中の子飼いであった。野村だけでなく沙知代にもいたく可愛がられ、二人の教えを忠実に体現しながらも、不思議と周りから浮くことはなかった。裏表のない佐藤道なら敵の多い野村と周りを結び付けえる、打って付けの存在であることを鶴岡が見越したうえでの人選であった。
勝負を左右する大きな場面での登板に、強心臓で鳴らすさしもの佐藤道も緊張した面持ちでマウンドに登ってくる。野村はなんとか笑顔を繕って迎えた。
” おまえでも緊張するんやな ”、野村はまず冗談まじりに言う。そしてすかさず安心させる材料を与える。ワシは今岡のことはすべて判っていると、自分のリード通り投げろと。続けて阪神の監督時代を通じて、知っている限りの今岡についての情報を早口で伝えた。
まず今岡は追い込まれるまで低めは打たない。だからカウント負けはしない。全球アウトコース低め、釣り球はいらないうえに、胸元を攻めて起こすなど論外。顔に来たボールをスタンドに放り込んだこともあるのだと強調した。
つまりは近めの高めは禁物なんやと念を押し、さらに膝元をえぐる必要もない、自打球が当たると逆に厄介なことになると付け加えた。佐藤道はさすがに自打球がなぜ厄介になるのか、理解ができず野村を見返した。すると野村はー瞬答えに窮し、そして上手く言えないがと断ったうえでスイッチが入るのだと言った。それでも少し首を捻る佐藤道に、
” ・・・・集中力が高まるんやろな。とにかく今岡というのは変な奴なんや。しかしワシはあいつのすべてを知ってる。何も考えるな、ワシにまかせろ” 。
そう繰り返して納得させようとする。
” いずれにしてもリード通り投げれば打たれても、長打を喰うことはない。一塁の藤村が帰ることもない。絶対にパスボールはせん。安心して低めを投げろ。クイックも気にするな、おまえのグラブの動きもそのままで構わへん” 。
そう一気にまくし立てた。
佐藤道はセットでもグラブを持つ左手を高く上げる、いわゆる威嚇型の投球フォームで、ゆえに盗塁を許すことが多かった。しかしそれも気にしなくて良いと野村は言う。
” もし脚を使ってきても、二塁で絶対に刺してやる。三塁は景浦や、重盗もない。ここを抑えたら勝てるで ”。
野村は最後までー方的にしゃべり続けたが、笑顔を添えるのも忘れなかった。その姿を間近にしながら、昔と変わらないなと佐藤道は思った。
帰り際もう一度振り返り、おまえのスライダーは打てない、低めの重要性をおまえなら判ってるはずや、そう釘を刺しようやく背番号19は持ち場へ戻っていくのであった。

佐藤道は用心深い野村が特に口元を隠さず言うからには、 絶対に自信があるのだろう。サイン通りに何も考えなくて良いのなら、逆に楽なもんじゃないかと自分に言い聞かせた。
気難しい野村であったが、佐藤道は新人の頃から不思議とウマが合った。沙知代も含めて、家族ぐるみの付き合いができたのはおそらく自分だけであろう。野村の話には笑って肯けば良いだけ、それを他の投手たちはなぜできないのか、むしろ不思議でならなかった。

初球、アウトコース低めのスライダー、今岡は興味もなく見逃した。今岡はここまでセカンドゴロ、ファーストファールフライにショートゴロ。斉藤のストレートに珍しく刺され、杉浦、皆川のカーブにはまったくタイミングが合わなかった。
野村が後ろからボソボソ話しかけてくる。今岡は何も考えないことにしていた。野村政権下三年間の屈辱を思い出せばいい、それをやり返すチャンスが来たのだと身体の内から、不思議なほどに自然と闘志が湧いてくるのを感じていた。
ツーストライクワンボールからの四球目。アウトコース低めのストレートを打った打球はー塁側スタンドへライナーになって消えた。今岡は佐藤道のストレートなら反応で打てると思った。後はスライダーの見極めだけだ、上手く芯に当てられればライト戦を破れるはず。今岡はとにかく反応だと自分に言い聞かせた。
五球目のスライダー、今岡は再び一塁側へファールを打ち上げた。また浜風で戻って来るかと最後まで松中は追ったが、フェンスの向こうに打球は落ちた。やれやれと一呼吸入れるところだというのに、なぜか一塁走者の藤村が二塁上で悔しがっている。二死だから自動的にエンドランになるのは理解できたが、悔しがる理由は謎であった。まさか単独でディレードスチールを画策していたのか。
藤村は佐藤道が投球すると同時にユルユルと走りはじめ、そしてバットがボールに当たる直前あたりで猛然とアゴを出し両手両足をバタつかせ二塁へと向かったのだ。
それにしては藤村のリードは短く、そしてその後の動作も緩慢であった。ただ大袈裟な仕草で必死に走っていることは観客に確実に伝わった。どうやらヒットを打ち出塁したことで、気合が漲りはじめたのかもしれない。
六球目のスライダーも今岡はファールで粘る。藤村も先ほどと同様にスタートを切っていた。しかも二塁を大きく回ったところで、ファールかよとこれまた大袈裟に悔しがって見せるのであった。おいおいどうやら猛虎のなかの猛虎が、本気で二塁を狙ってるようやで、ファンはやんやの喝さいを送り出した。
マスクを被る野村はそれを冷淡に流した。
” なにをやっとるんや、ここはランナーを貯める場面やろ。二塁になんて価値などないわい。景浦に連動する素振りもない。そもそも一二塁間が空いとる方が、今岡にはナンボも美味しいのは判っとるやろうに・・ ・・”
七球目もまったく同じシーンが繰り返された。今岡はホークスバッテリーが執拗に繰り返す外スラを、なんとか一塁ヘファールする。すると藤村は、今度はどう見てもファールになるのが判ってから全力で走り出したクセに、こともあろうか二塁に頭から突っ込んで見せた。そして土と砂で真っ黒になった胸を、大きな仕草で荒々しくはたくと、仕上げとばかりにゲホゲホと咳払いまでしてみせた。
これには甲子園もどっと沸いた。藤村はあくまで照れながらも、手を挙げそれに応えてからゆっくりと帰塁しようとする。しかもスコアボードのビジョンに自分の姿が大映しになると、 ” よせやっ ” 、と寄ってきたカメラを手で遮る。またそれで観客が沸き返る。藤村は満面の笑みを湛えて一塁に辿り着いた。

藤村の一挙手一投足に沸き立つ甲子園をよそに、打席の今岡は頭を抱えていた。藤村の動きで気が散り集中できない、というのもあるが、それ以上に藤村の走塁自体が危なっかしくて、少々ボールでも手を出さない訳にはいかない。二塁で憤死されたら一巻の終わりである。これではとてもカウントを整えられないと、思わず打席を外した。
それを横目に野村は、
” 今岡め、柄にもなく困っとる。しめしめやで。
しかしあのおっさん、このまま勘違いしてほんまに走ってくるんと違うか? スタンドが盛り上がるのを真に受けて、俺様が走るのを持っているなどと勝手に誤解して・・・・。
いずれにしても今岡が迷ってるここが勝負や ” 。
そう冷静に状況をスタンドの歓声から切り取ると、まだ見せてない縦スラを外の低めへとサインを出した。三塁に走者を背負った場面で、叩きつけてワンバンになるリスクのある球ではあるが、今岡の外への目付けが狂っている今なら少々外れても振ってくる。つまりストライクは要らない、これで決める。そしてそのサインに以心伝心の佐藤道がグラブを高く突き上げた。
その瞬間、
” 行ったっ! ”
一塁から大きな叫び声が飛んだ。
佐藤道は咄嗟に、絶対に刺すという野村の言葉を思い起こし高めに外す。野村は二塁への送球にすべてを集中させながらも、三塁から景浦のスタート次第で声が掛かるのを待った。
ウエストしたボールは真ん中外寄り、立ち上がるとちょうど胸の位置で、捕球に合わせて右に流れればそのまま送球動作に入れる絶好の高さであった。
” 確実に刺せる! ”
野村は三塁からの合図を送球の瞬間まで待つ覚悟で腰を上げる。同時に視界の片隅で、セカンドに向かう藤村の姿を確認しようとした。止まったり途中で足を緩めれば躊躇わず佐藤道に返す、一瞬にしてそこまで頭が回った。この場面における野村の一連の対応は、試験であれば間違いなく満点である。しかし、そこに動くものはなかった。
” 偽走?! ”
” ・・・・罠!! ”
野村がそう戦慄した瞬間、今岡のバットが半身に構えた野村の目の前に現れた。いろんな処理を同時に、そしてそれらを一気にこなそうとする野村の頭の回転速度に反し、それは実にゆっくり、ゆっくりと野村の視界の前を通り過ぎていく。
” しまったっ!!! ”
今岡がバットを一閃する。その姿はまさしく一撃必殺の大根斬りであった。

乾いた音を立てた打球はセンターの左、終盤になりさらに強くなった浜風が押す。手応えで確信した今岡は豪快にバットを放り投げた。
ボールは心地よく、諸手を挙げてそれを迎えようとする観客目掛けて舞い降りる。
起死回生の同点スリーラン。甲子園を大歓声が覆う。360°総立ちのスタンドのパノラマが揺れていた。
野村が一塁を見た。おそらくその眼は、抗議の怒りに満ち溢れていたのであろう、松中は震え上がってファーストミットを横に振った。
歓喜の雄たけびを上げて景浦が野村の前を横切り、そしてまるで自分が打ったかのようにヘルメットを掲げて手を振り続ける藤村が続く。
「ノム、わしやわしや!」
藤村が答え合わせをするかのように言った。
カウントがツーワンでなければ、佐藤道はウエストしなかったかもしれない。ボールの握りがスライダーでなければ、もっと外へはずせたかもしれない。松中ともう少し練習を重ねていれば、声を間違えることはなかったかもしれない。野村の頭の中を、いくつもの ” If ” が行き交う。そして目の前を、万感の想いを胸に刻む今岡が通り過ぎていくのであった。
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アウトコース低めギリギリのボール、どちらにも取れたが球審のコールはストライクであった。野村はその瞬間、 ” ヨッシャーッ! ” と叫んでミットを突き上げた。バースはバットを放り投げて怒りを露わにした。一つ前の打席でも田淵が同じような外の低めをストライクと言われ、スタンカから見逃し三振を喫していた。バースが詰め寄るも球審は相手にしなかった。
野村は最後の関門を脱したと思った。残りは四人。そのうち二人は景浦と藤村。日本プロ野球誕生から在籍する最古参のスター選手である。当時の野球と今の野球では打者のポイントが違う。時代とともに野球は進化し、それに合わせボールとバットの接点は年々少しづつ、捕手側へと寄って行った。その果てに今の野球がある。野村にはこの二人が和田、杉内を打てるとは思えなかった。つまりは安牌、となれば九回一死までは計算できる。
杉内で三点のアドバンテージがあって、試合終了まで必要なアウトは実質二つ。野村は逸る気持ちを抑えると、ボールを両手でしごきながらマウンドに少し歩み寄り、ツーアウトと二本の指を高く立てて現状を確認させ、ボールを柔らかく和田に投げ返した。
野村の気持ちは和田にも乗り移っていた。この回を投げ切れば、もうーつアウトを取ることができたならホークス勝利にほぼ当確が灯る。慎重に行けば必ず景浦は打ち取れる。和田は何度も慎重にと自分に言い聞かせた。
野村はもう一度ホームの前で振り返ると、野手に向かって丁寧にとゼスチャーで示し、一塁ベンチの藤本と、そしてサードコーチャーの岡田を見た。そして代打はないなと確信し、ホームの後ろに回って胸を撫で下ろし、ついでとばかりに腰も下ろした。

神妙な表情の景浦が打席に入る。ここまでの三打席、控えめに言っても打てそうな気配はない。その男が土壇場ではたしてどうするのか、ファンならずとも注目が集まるところであった。そしてその答えは出た。誰の目にも見える形で。
1キロ、270匁のバットを軽々と振り回す男が、背中を曲げ、バットを寝かせグリップを二握り余せ打席に立っていた。八回裏二死ランナーなし、三点差のビハインド、その逆境の中、伝説の男はプライドを捨て現代野球に立ち向かう。はたしてその姿は、甲子園に詰め掛けた野球ファンにどのように映ったのであろうか。
野村は逆に安心していた。ここに来て自分のバッティングを捨てたところでと。当り前の話であるが、和田にとって景浦とは初対決であり、その限りにおいてどんな打撃フォームで向かってこようが意味などない。
すでに肩も出来上がり、ブルペンで九回表の登板を待つだけとなった村山は、モニターに映る景浦の姿を見て祈らずにはおれなかった。どうか勝負の女神がいるのなら、少しで良い、力を貸して欲しいと。
初球の縦のスライダーに、短く持った景浦のバットはあえなく空を切った。ネクストに立つ藤村は、少しでも和田を正面で見据えようと、自分の居場所を示す白線をスパイクで掻き消しジリジリとホームに寄って行った。そして一時、二時、十二時、そこから二時と呟いた。打席の景浦は、映像で和田の投球フォームを眺めながら掛布に言われたことを思い返し、頭の中で整理する。
右肩を閉じ背番号を見せたまま和田の身体は、ー塁側に傾いて踏み込んでくる。そしてグラブを持った右腕を上げて抱える。そこから一転、真上から投げ下ろすオーバースローのように身体を真っ直ぐに立て直す。するとようやく右肩が開き、その奥から左腕が出てくる。しかしリリースはスリークォーターで、こちらが勝手に頭の中で描いた位置よりも低い。この錯覚に惑わされているうちにボールが手元まで来ている。
つまり最初は身体の軸をサイドスローのように傾けているのに、腕を振る直前にはまるで真上から投げ下ろす本格派のように背筋を伸ばす。ならば上から来るのかと身構えると、左腕はスリークォーターの位置から現れのである。結果として、打者の眼には和田の腕の位置やリリースポイントが低く映る。対戦相手の思い込みを最大限利用したフォームと言えないか。
掛布が繰り返した時計盤と針に基づいておさらいするなら、和田の身体の軸がー時の向きに傾いて打者に向かってくる。そこにグラブを持った右腕が二時を指して伸びる。すると和田は身体の軸を十二時に立て直す、にもかかわらず左腕は一時ではなく二時を指して出てきてボールをリリースする。
” 一時、二時、十二時、そこから二時 ”
和田の一連のフォームに惑わされないためには、シンプルにグラブを持つ右腕を上げる位置と同じところからボールは来るのだと待つべきかもしれない。なかなか開いてくれない右肩は意識せず、あくまでボールの出どころ、その位置と角度だけを見据えるために。
景浦は何度でも呟く。
” 一時、二時、十二時、そこから二時 ”
和田の二球目はフォーク。掛布の言うように二時から腕が出てくることを景浦は確認してバットを振った。捉えたと思ったが、バットの下っ面でこすって、ボールはバックネットに転がった。
フォームに惑わされることはないと思った。ならば必要なものは何か? 景浦は思い切ってバッターボックスの真ん中に立った。これなら落ちっ端や曲がりっ端を叩けるかもしれないと。
野村はそれに目を止めると、和田にいったんプレートを外させた。
” 追い込まれての変化球待ちかいな・・・・。ならばストレートで胸元を攻めたくなるが、それを誘っているようにでもある” 。
迷った野村はー球外に直球を投げさせ様子を見た。景浦はボールの出所だけを確認すると、明らかな外の球にピクリともしなかった。
” やはり変化球待ち、となると攻めるべくは胸元インコースや ” 。
和田は肯き、ためらうことなくインハイを狙った。
景浦は来たと思って振り始めた。インコース苦しいところであったが、短く持った分スムーズにバットは出た。それでも打席の位置を前に移した分喰い込まれた。1キロを超える重いバットの根元でボールを押し返す。ボールがめり込むような嫌な音を立て、同時にバットの破片がわずかに舞った。
和田は折ったと思ったが、打球は綺麗にセンター前へと運ばれていく。そして新井の前に落ちた。クリーンヒットであった。
「おっしゃーっ!」
景浦の野太い声がスタンドからもはっきり聞こえた。一塁ベンチの全員が立ち上がり拳を突き上げた。
お荷物にも思えた景浦が打ったことで、スタンドはこれまでと違う盛り上がりを示しはじめた。勝負を度外視するものがそこにあったのかもしれない。ブルペンの村山も自然と手を打っていることに後から気付いた。

藤村が ” 失礼するで ” と打席に入ると、先輩の景浦を真似て打席の中央に軸足を据えた。そして物干しざおを、これまた景浦がそうしたように二握り余して持ち、若干背中を曲げて構えた。しかしアゴは出たままだった。
野村は再び変化球待ちなのか、それともストレートを誘っているのか思いあぐねていた。初球から振ってくる、そこは間違いない。ならばとウイニングショットでもあるフォークをボールで良い、外角低目にとサインを出す。和田は落ち着いてグラブと左手を胸の前で重ね、一塁の景浦を目で牽制した。
” 一時、二時、十二時、そこから二時 ”
藤村も呪文のように何度も繰り返していた。
和田がセットから右脚を上げる。藤村は目の前を時計盤と針だけにして、ボールの出所を待った。

リリースポイントは二時、その通りの位置から白球は来た。
初球を見送られた場合、結果ボールで入ることになるのを嫌う投手独自の微妙な心理が、和田の手元をわずかだが狂わせた。フォークボールがやや甘めにアウトコースに入ってくる。
藤村はフォークの落ちっ端めがけてバットを振った。ストレート軌道で来たボールが、失速気味に落ちていく。思ったよりも来なかったが、軸脚を前に移した分37インチのその先がなんとかボールを捉えた。次の瞬間、物干しざおが根元からやや斜めに真っ二つに裂け折れ、そして破片が四方八方に飛び散った。
折れたヘッドが、まるで痛烈なセカンドゴロのように回転しながら蔭山の前に転がっていく。ボールは・・・・と、一瞬誰もが見失う。どうやら少し遅れてフラフラとライトの前へ飛んでいた。蔭山はバットを避けながら振り返りライトを指差した。そこには前進を繰り返す門田の姿があった。捕れると思ったボールを浜風が押し戻す。迂闊だったと蔭山もそこから全力でボールを追った。一瞬、その蔭山の姿が目に入りブレーキを掛けた門田の足下に、ボールはポトリと落ちた。二死だけに景浦は当然のように三塁を落し入れていた。

再びスタンドが湧いた。これまでまったく機能しなかったタイガース草創期の主砲コンビのシブい連打に、内容なんかどうでもええ、盛り上がれればそれで上等なんやと客席は揺れた。和田は掛布、バースを手玉に取り、さらに270匁と37インチという二本の伝説のバットをへし折ったが、結果としてピンチを招くこととなった。
すかさず野村がマウンドに上がる。心配顔の蔭山や広瀬もやってくる。野村はミットで顔を覆うと、目だけをギョロつかせバックスクリーンを見ながら蔭山に話しかけた。
和田は決して今岡との相性は悪くはない。しかし自分が解説を担当した03年のホークスと阪神の日本シリーズの初戦の初回、先頭の今岡は和田から苦もなく完壁なヒットを打って見せたことがあった。おそらくあちらも苦手意識はない。ここは佐藤道に変えるのが得策である。
なにより自分は二人とも監督として直に見ている。二人の実力を知り尽くし、力関係も判る。佐藤道がリード通り投げれば、今岡に打たれることはない。絶対に抑えて見せる。佐藤道へのスイッチを鶴岡さんにお願いできないか。野村はミット越しにブツブツといつもの調子で呟く。一通り耳を傾け肯きながら、蔭山はどう鶴岡さんに伝えようかと考え始めた。
野村と蔭山がマウンド上で何を話しているかなど、鶴岡はお見通しである。それでも動こうとしないのは、あくまで和田続投を示唆しているからなのか、それとも二人の動きを見極めようというのか。少なくとも野村にも蔭山にも、鶴岡の頭の中はまったく判らなかった。
マウンドの輪の中に主審も加わり、プレーを促すと踵を返す。意を決した蔭山が振り返りマウンドを二、三歩降り鶴岡を伺う。鶴岡は立ち上がると首をゆっくり動かし、眼で主審を追えと合図を送った。蔭山は頭を下げるとホームへ向かう主審の背中に投手交代を告げた。そして足早にマウンドへ戻ると、律儀にも後輩でもある和田に労いの言葉を掛けるのであった。

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掛布の打球は力のないセンターフライとなって新井のグラブに収まった。最悪ライト前、ホークスのバッテリーも、そして掛布さえ同じ覚悟のインコースストレートであった。しかし打球はそのライトにすら飛ばなかった。
狙った球が来たのに打ち損じた。バットマンとしての誇りが粉々になった気がした。できれば後二、いや三打席欲しいと掛布は素直に思った。
差し込まれたことは理解している。しかし和田のストレートは140㌔そこそこ。特別な伸びを感じるわけでもない。それがなぜこれほど打者を押し込むのか。すべては和田の特殊な投球フォームと、ボールの出所にあるのでは。そう思ってから打ち取られた悔しさがやって来た。

掛布は野村の言った、 ” 初見ではONであっても ” 、というセリフを反芻していた。ベンチを出て球審に向かう藤本と顔があった。掛布はまともに藤本を見れない。もらった指示を活かせなかった自分が情けなかった。すれ違いざま、藤本は掛布のケツを叩き、 ” 打てても三割や ” そう耳元で囁いた。藤本は淡々と球審に藤川の名を告げボールを受け取ると、一度それを右手で捻って目の位置の高さまで浮かせて、そして左の手のひらで受けてからマウンドを登っていく。
岡田はその藤本の仕草に変化を感じ取った。七回のチャンスも潰したが、和田を引っ張り出した、つまり八回和田、九回杉内、この勝利の方程式を形の上では崩したことに満足しているのかもしれない。もしくは蔭山と野村がマウンドから鶴岡に対してシグナルを送り、鶴岡がどうやら二人の意を汲んだ、そこに意義を見出したのかもしれない。いずれにしても試合の流れは少しだが変わった。今度こそこちらへ向かってくる番だ。
岡田は駆け足でベンチに戻ると早速、マウンドに集まった時の蔭山と野村の動きをもう一度映像で確認しようとPCを操作した。するとそこへ掛布がやって来て、和田のバックネット裏からの投球フォームを見れないかと言う。岡田はどうぞとPCを譲り、たった今終わったばかりの掛布との対戦シーンを再生してみせた。掛布はそれを食入る様に見ていた。
肩が開かず腕が隠れてなかなか出てこない球持ちの良い投手というのはままいる。和田の場合、画面で見る限り腕の位置も決して低いわけではなく、普通のスリークォーターでむしろ高い方であり、だからこそしっかりボールを叩いてくる。なのになぜリリースが低く見えるのか・・・・。掛布は一端諦めてグラブを持ってグラウンドへと急いだ。
甲子園にはマウンドに上がる際の球児のテーマソングが流れる。その歌詞を味わうように、球児はゆっくりとマウンドへ向かう。「奇跡のゴールを信じて」と歌うその曲を聴きながら、岡田はもう一度勝利を信じる気分になっていた。

球児は一番から始まるホークスの八回の攻撃をすべてストレートで捻じ伏せた。特に新井、松中にインハイのストレートしか投げなかった。ガンの表示は150㌔中盤であったが、ストレートの回転、伸び、そして角度。左投手の右打者膝元へのストレートをクロスファイアーと表現されることがあるが、藤川の左打者の胸元の直球も、間違いなくクロスファイアー、つまり火の玉であった。
ものの五分で終わったホークスの攻撃、その間にも三塁ベンチの中ではいろんなことが起こっていた。打席に立った選手にも、それが伝わって淡白になった面はなかったか。岡田は攻守交代を待ち詫びていた高校球児の控え選手のように、ダッシュで三塁コーチスボックスへと向かう。何が起こったのかを確かめるために。
途中、憮然とした表情を浮かべ、三塁ベンチ前にいた城島の姿が目に留まった。岡田は足を緩め歩み寄り、 ” なんかあったんか? ” と訊ねてみた。すると城島は大したことじゃないです、とだけ答え手にしたミットを叩きその場に立ち尽くす。三塁ベンチの中を伺うと野村と蔭山の背中が見える。鶴岡はその奥にいるに違いない。

ホークスは八回の表、二死から松中が打席に向かった際、和田と城島が連れ立ってベンチから出た。肩慣らしをを始めるためだ。回跨ぎの和田にとって必要なルーチンである。
そして松中が球児のストレートに屈しセカンドフライに倒れると、当然のように二人してグランドに向かおうとした。マウンドに上がる和田、そして城島はネクストに立った四番野村がプロテクターを身に纏うまでの間、投球の相手をするために。だがそれを広瀬が止めた。振り返った和田は広瀬の手招きに応じてベンチへ戻ろうとする。その光景が岡田の目に留まり、三塁コーチャーボックスへと走らせたのであった。
待ちぼうけを喰っている城島に、クラブを持ってショートに向かう広瀬が何やら話しかける。しばらく立ち話が続き、渋々一人無人のダートサークルにミットを持ったまま歩いて行く。
三塁ベンチに目をやると、依然蔭山と野村の背中だけがそこにある。野村は時折しゃがんでレガースをつけている。鶴岡の姿はやはり見えない。やりとりのメインは蔭山と鶴岡で間違いない。
一塁側では藤本が立ち上がって岡田を見ている。岡田はその視線を感じたのか振り返ると、胸の Tigers の六文字の中の ” i ” を触った。
" incident " ・・・・。
「ついに動くで。」
藤本は呟いた。

一塁ベンチの奥では掛布が田淵やバース、景浦、藤村を集めて端末を見せながら、一時だ二時だ十二時だと説明を繰り返している。画面に映っているのは投球する和田である。
一方、三塁ベンチからは野村と蔭山が出てくる。蔭山は一目散にグラウンドへ走った。 野村はすぐに立ち止まってプロテクターを肩にすると、振り返って人を呼ぶ。 するとひと際大柄の斉藤が出てきて後ろに回ってストラップ紐を結んでやる。 そしてその二人の背後からようやく鶴岡の姿が現れた。球審を手招きすると言葉を掛ける。投手交代のようだ。左の和田に右の田淵、この組み合わせを嫌ったようであった。誰が嫌ったのか、少なくとも鶴岡ではなさそうであった。
しばらくしてアナウンスが響いた。
「ピッチャー和田に代わって、スタンカ。」
ウグイスがそう告げ、場内にどよめきが起こる。
「ピッチャーの和田は、そのまま入りDH。」
次の瞬間、 ” ワンポイントや! ” 、スタンドで監督気取りのファンたちが、我先にと物知り顔で口を開き肯き合った。

「野村の奴、ついに城島を切りおったで。」
藤本は右手で口元を隠して呟いた。
「あれ、スタンカか。スイマセン・・・・。」
ベンチの奥で和田の投球フォームを解説していた掛布がズッコケた仕草をして田淵に謝る。気にするなとバットを担ぐと、田淵はゆったりとした足取りで打席に向かった。

マウンドに上がった196cmのスタンカが、188cmの田淵を見下ろしている。この甲子園で阪神には一点もやらない、当然次のバースになれば、和田が再びマウンドへ上がる。付け入る隙など許さない。完膚なきまでに叩きのめす、それがこの継投の意味するところである。
「鶴岡の野球ではないで。」
藤本が独り言をいう。
岡田は ” 誰の野球ですか? ” と口を挟もうとしたが、野暮な質問するなと諫められそうなので黙っている。
「欲張ったら女神はそっぽ向くんとちゃうか。なぁ、岡田よ。」
藤本の方から話しかけてきた。雰囲気が出てきたぞと岡田は思った。
「ああ、流れはうちに来る、絶対に。」
藤本がこの試合初めてニタリと笑った。
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ベンチへ戻ってきた江夏のユニフォームの胸倉を藤本は捩じり上げ、” 貴様、あれだけ初球を・・・・”、そこまで叫んだところで田淵が割って入った。
「スイマセン、野村さんへの初球は慎重に行き過ぎて、僕のミスです・・・・。」
藤本は田淵には構わずなおも江夏を睨みつけ、” 言いたいことがあるんやったら言ってみろ! ” と攻め立てた。すでにマウンドを降りている小山が、江夏をベンチの脇に連れていく。
「俺はおまえたちを信じる、最後の最後までなっ!」
怒気を露わにして江夏の背中に向かってそう言うと、藤本はもう一度帽子を叩きつけ、行き場のない怒りをぶつけた。そして踵を返し背番号61を選手たちに向けると元の位置へと戻った。関川がそれを拾うと、黒子のように藤本へと走って持って行く。阪神ベンチに緊張が走ったのは間違いなかった。
藤本と江夏の一連の姿は、途中までスコアボードの脇の大型スクリーンに映し出され、甲子園に今日一番のどよめきが起こった。そんななか、岡田は一人瓢々と三塁コーチャーボックスへと向かい、三塁ベンチがどんな反応をしているのか早速伺う。阪神さん、焦り出したで、おそらくそんな感じなのであろう。岡田はそれを確認すると何事もなかったように、 ” いやいや、いつものことやで ” と少し離れている三塁塁審に笑いかけた。

四回の裏、南海の伝説の大エース杉浦の登板に甲子園も湧いた。それを感じ取った杉浦は利発で人の良い銀行員のような笑顔を浮かべ、帽子をとって三塁側だけではなく一塁側にも挨拶をしてみせた。殊勲を上げた野村も隣でスタンドの雰囲気に満足している。ますます流れはホークスへと偏って行くようだ。
先頭バースの当たりは会心の一撃であった。誰もがホームランと確信したが少し確度が足らなかったのか、それとも強烈な浜風をまともに受けたせいか右中間最深部のフェンス直撃で終わった。バースは二塁上で太い両腕を波立たせ手のひらを打ち悔しがる。スタンドはバースが打ったと湧き上がる。だが一部のコアなファンは腕を組み、スコアボードの最上部、時計の上に立つ日章旗を睨んでいた。
野村がすかさずホームの前で両手を広げて、 ” オッケーオッケー! ” と叫んでナインを落ち着かせる。三点差、フェンスオーバーでなければオールオッケーである。両チームの勢いがいろんなとこに出始めたと、トラキチたちの恨み節は止まらなかった。
杉浦は野村の一言で落ち着いたのか、文字通り背中から来るカーブで景浦、藤村を見逃し三振に切って取る。勢いに乗った杉浦の前に、腰砕けになった今岡の打球が力なく一塁側スタンドに向かって飛んだ、はずであった。これがまた強い浜風に煽られ戻ってくる。なんなく松中のミットに収まり序盤の攻防が終わった。

五回表、江夏が八番蔭山からの三人を、すべてストレートで三振に斬って取るとにわかにゲームの流れが加速し始める。阪神はその流れを少しでも緩め、そしてこちらに向かってくるようにと足掻く。
先頭の真弓は杉浦のカーブを打ち返そうとするのを半ば諦め、セーフティーティーバントを三塁前に転がし出塁すると、赤星も粘って四球をもぎ取る。ノーアウトー二塁という絶好のチャンス。吉田がしっかりと送ってー死二三塁。甲子園の盛り上がりは最高潮に達した。
万雷の掛布コールに迎えられて打席に立った掛布であったが、気負ったのからしくない初球打ちに出た。すると打球はライトへ上がる。犠牲フライには十分と思われたが、これも浜風が押し戻す。頼りない足取りの門田が、数歩バックしてから一転、こちらに向かって走り出す。捕球と同時にそのままの体勢で中継の蔭山へ、そして一直線で野村へバックホーム。本塁を狙った真弓のスライディングを待つまでもなくダブルプレーが成立した。
門田が後ろから蔭山に抱きつき、それを野村がマウンドまで出迎える。野手も投手もグラウンドに残りそこに合流する。最後は鶴岡までベンチを飛び出て待ち受ける。自然とできたナインの輪が、ホークスの強さをなにより雄弁に物語っていた。
「真弓、ぶちかまさんかい!!」
一塁ベンチ後方からヤジが飛ぶ。せめて勝利への気概を示せ、その願いの表れであった。阪神の選手たちはそのヤジに煽り立てられるようにベンチから腰を上げる。三塁コーチボックスからはホークスの輪を横目に眺めながら戻ってきた岡田が、 ” 真ん中で蔭山さんと野村さん、握手してましたわ ” 、といつもの調子で首を小刻みに振りながらぼやくように藤本に報告する。
「風向きそのうち変わる。」
藤本は精一杯そう強がって見せるのであった。

六回表、江夏が二番新井、三番松中、四番野村を撫で斬りにする。ファンはやんやの喝さいを上げながらも、腹の中では誰もが野村の初球を悔やんでいた。
その裏一死後、右下手投げが得意なバースが今度こそはという大飛球を放つ。まずは大歓声が浜風に抗う。しかし願いは届かず打球は右中間のフェンスの上の鉄の網を直撃。クッションボールは不規則にライト方向に転がり、逆をつかれた門田が必死に追いかけ返球する。脚の遅いバースでも立ったまま三塁へ到達した。
陽光に温められた陸の空気が雲を押し上げると、その隙を埋めるようにまだまだ冷たい海の風が甲子園のライトから三塁側に向かって容赦なく吹き込む。この季節は大きな雨雲でも来ない限り、この風は夜になろうがやむことはない。どんだけ風が邪魔するねん、怒りさえ覚えるもチャンステーマが始まれば、ファンは笑顔になって歌い、そして拳を突き上げた。
次の打者は景浦、藤村である。ここまで打ちそうな雰囲気はまったくない。
「こぉぅらぁー、岡田ーぁ、おまえが出ろー!」
「なんでおまえがコーチャーやってんねん!!」
代打を要求する声が次々に飛んだ。藤本にまったくそれらを相手にする気配はい。至って冷静に景浦に対し胸を触ってブロックサインを送る。
「景浦ーぁ、スクイズやれーっ!」
「あほ、三塁バースやんけ!!」
伝説の選手であってもお構いなしである。不穏な空気が混ざり合い、スタンドの手を打つリズムが微妙にズレる。それが伝わったのか、景浦、藤村は三塁ランナーを一歩も動かせないまま、再び 杉浦ー野村 南海が誇る黄金のバッテリーの手玉に取られて六回も終わった。

七回表、ホークスのラッキーセブンの攻撃は門田からであった。当然のように田村がマウンドに上がる。左のサイドスローやや下から来るスライダーに手も足も出ず見逃し三振。すると五番の城島を迎え、すかさず中西へとスイッチ。だが得意のドロップの落ち際を見事に拾われて打球はレフト線を襲った。一死二塁、ホークス追加点のチャンス。藤本はベンチを出て小久保の申告敬遠と小林の名を告げた。
小林はとてもスポーツ選手とは思えない細身の体を鞭のように撓らせて蔭山、広瀬を抑えて見せる。久しぶりに迎えたホークスのチャンを凌いだことで、多くの阪神ファンたちは流れが来たとラッキーセブンに胸を躍らせた。
七回裏、ホークスのマウンドには皆川が上がる。この投手なら行けると応援のボルテージも上がったが、今岡、真弓はタイミングを外されあっさり二死となる。八回、九回には和田、杉内が控えていることを思うと、まさに絶体絶命であった。阪神ベンチに張り詰める糸はさらに高い音を立てて軋み始める。一方ホークスファンは、ひとまず後ーつと指を折った。
赤星が粘って三遊間をしぶとく割ってー塁に出た。すかさず藤本は三塁コーチャーの岡田を睨む。岡田はさりげなく振り返り三塁ベンチをのぞき込んだ。そして向き直ると胸の Tigers の六文字の中の ” g ” を、そして次に ” t ” を触った。藤本はそれを ” go through ” であると理解し、次の吉田にヒットエンドランのサインを送る。
吉田はおあつらえ向きのスライダーを一二塁間に転がし、あっという間に一、三塁のチャンスが掛布の前で出来上がった。何度目のチャンスかはもう数えないぞとばかりに、余力のすべてを掛布コールに託すと、それは銀傘でこだまし重低音を伴なって足下を這うように走る。ここで決めろという祈りの音が、四方八方からやってきてグラウンドでぶつかり合う。

一三塁のチャンスと見るか、それとももう二死であると見るのか、選手も、そしてファンも、野球観や度量が試される場面である。今甲子園に居合わせるすべての人々がその間で揺れている。捕手と内野がマウンドに集まった。ホークスの選手たちの頭の中にまず浮かぶのは、後ろには和田、杉内がいる、ということである。
野村は輪の中で ” あとーつ、あとーつで勝てる ” 、そう何度も繰り返した。もちろんそこまではみんなわかっている。もともと七回は、皆川、スタンカ、佐藤道の三人でワンアウトずつで良かった。なまじ先頭の今岡を危なげなく抑えたものだから、結果的に皆川をここまで引っ張った。しかし今となってはそこが問題ではない。七回を予定していた三人が、みな右であることなのだ。このまま続投か、それとも誰かをマウンドに上げるべきか。蔭山も広瀬も松中も小久保も、言葉を飲み込んだ。
野村がミットで顔半分を覆い、蔭山に話しかけている。蔭山はうんうんと肯き、ベンチの鶴岡に目をやる。鶴岡はベンチにどかりと腰を下ろし脚まで組んでいる。
皆川続投・・・・。
左の掛布に右アンダーの皆川・・・・。
臭いところを突き、手を出してくれるのを待つ・・・・。
最初から田淵勝負・・・・。
田淵にスタンカで力勝負・・・・。
いろんな考えが交錯する。それらすべては皮算用である。蔭山がグラブを持つ腕のユニフォームをさかんに触りながら、鶴岡にアピールを繰り返している。それを目ざとく見止めた岡田が胸の ” S ” の字を触り藤本を見る。
" southpaw "
「和田か・・・・。」
藤本はそう呟くと立ち上がり掛布を呼び寄せた。ベンチを出た藤本に気付いた掛布が歩み寄る。藤本は掛布に一言、二言いうとベンチに戻り、元の位置に腰掛けた。
鶴岡も藤本とほぼ同じタイミングでベンチを出ると、球審に声をかけ、そのままマウンドに上がり皆川の背中を叩く。皆川はボールを鶴岡に渡すと、蔭山や野村と言葉を交わしベンチに下がった。
和田が七回二死からマウンドに立つ。それは回跨ぎを意味している。野村が豪語する ” 八回和田 - 九回杉内 ” 、左腕二人の絶対的な勝ちパターン。これが崩れたのか、崩れるのか、いや、あくまで前倒しに過ぎず勝ちパターンのままなのか・・・・。
鶴岡は特に誰とも話を交わすこともなく、和田がやってくるのをひたすら待っていた。野村は蔭山、広瀬と三人で話し込んでいる。肩を作るのに少し時間を掛けたのか、ようやく和田がマウンドに上がってくると、鶴岡はボールを渡し右肩に手をやるとベンチへ戻っていった。

掛布はネクストで和田のフォームに合わせてタイミングを図りながら、藤本から託された言葉を繰り返す。
” 狙い球を決めてフルスイング ”。
追い込まれたら反応で打つしかない。指示通りそこまではボールを絞る。それがストレートなのかスライダーなのか・・・・。スライダーは必ず来る、しかし仕留める自信はなかった。であればストレートー本を待つ。自分の気持ちがどこにあるのか、掛布は探っていた。

掛布への初球はアウトコースへのスライダーであった。やや甘かったが、仮に狙っても打てたかどうか。和田の右肩はまったく開かずこちらに向かってきて、開いたと思っても腕は左肩の奥にあってまだ見えない。やっと見えたと思ったら想定よりも低く出てきて、なのにしっかりとボールを上から叩いてくる。これは確かに初見では打てないぞと掛布は舌を巻いた。
「どうや掛布、打てへんやろ!?」
野村が毒づくように言う。掛布は打席に集中しようといつものルーチンを繰り返した。
二球目は同じスライダーをやや外に持ってきた。ボール球で誘ってきたのであった。こちらの反応を見るためのものでもある。ストレート狙いはこれでバレた。だが、それでも次はインコースにストレートだとも思った。
この風で長打はない。最悪ライト前でも上等、バッテリーはそう思っている。ならば必ずインコースにベストのストレートが来る。こっちもライト前で御の字。掛布はストレートに狙いを定めフルスイングしてみせると誓った。

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スタンドがどっと湧いたので、プレーボールが掛ったことが判った。試合が始まると、どよめきは一球ごとに波のように繰り返される。ブルペンへ続く専用通路を歩く村山の肩や腹の底にまで、それは圧し掛かり響いた。
阪神ファンの存在のありがたさに感謝しながらも、勝敗どころかゲームの流れ次第では底知れぬ負のマグマに転ずることへの自戒。良きにつけ悪しきにつけこれだけの応援は、とても一人で支えきれるものではない。
だというのにマウンドで打席で守備位置で、選手は往々にして錯覚を起こす。いわゆる甲子園に魔物が訪れるというのは、たいがいそんな刻である。
村山は昨日の練習後に開かれた最後のミーティングでの、藤本の言葉を思い起こしていた。
” 自分と仲間を信じろ。
目の前の敵のことは何も考えるな。鶴岡との勝負はわしが引き受ける。必ずけりをつけてみせる。
もし試合中に悩み迷い臆したならば、自らを鼓舞し、仲間を励ますことを忘れるな。それでも心が揺れるなら、これから交わす三つの約束を思い起こして欲しい。
投手は全力投球、思い切って腕を振れ。
打者はフルスイング、狙えると思ったら、迷わず一発を狙え。
そして全力疾走、いかなる時も決して諦めるな。
この三つを約束してくれ、・・・・ いいな。
われわれは必ず勝つ、思う存分暴れて来い。 ”
静かにそう告げる藤本の目は光っていた。その言葉は確かに檄であったが、選手たちに伝えたかったものとは、三つの約束であることに間違いはなかった。
村山はマウンドに上がる自分を想像し、その時は藤本との約束通り、腕を振ることだけに集中するよう心に決めた。

試合は重い入りとなった。立ち上がりの小山は悪くはなかったが、追い込んでから決め球のパームを幾度もカットされ、なんとか井口、新井を打ち取ったものの共にフルカウントまで粘られた末の二死であった。
ストライクゾーンの感覚がしっくりとこないのか、三番松中に対する初球、アウトコースへ外したはずのストレートがやや中に入った。失投を見事に振り抜いた松中の打球は鋭くレフトポール際まで伸び、そのまま最短距離でアルプスに飛び込んだ。
甲子園のスタンドは一瞬で静まり返る。ブルペンに備え付けられたモニターに、顔面蒼白となった小山の表情が映し出されている。村山はライバルがマウンドに上がれば、打たれろ打たれろと思ったものである。当時のブルペンからでは、投手の表情まで伺い知ることはできない。あの頃これがあればそんな底意地の悪いことは思わなかったであろう、村山はそう心の中で懺悔するとスタンドの異様な雰囲気にある種の恐怖を抱きながら、藤本の指示通りブルペンで肩を作り始めた。
注目の四番野村の一打席目はファーボールであった。小山が制球を乱したというわけではなく、野村へは何より初球、そしてファーストストライク絶対警戒という藤本からの厳命が裏目に出たのかもしれない。
小山のストレート自体は手元で来るようになったことが、画面からでも田淵のミットの音を通じて伝わってくる。しかしここまでですでに球数は二十球を越えた。継投が前提であるため疲労を考慮する必要はない。問題は持ち球やボールの軌道を必要以上に見られたことをどう捉えるかであった。
鬼門の門田に対しては、バッティングカウントから投じたパームを引っかけてもらいチェンジとなった。ストレートの伸びがあってこそのパームであることをバツテリーは再確認していた。
初回なんとか一点で凌ぐ冷や冷やの立ち上がり。バックを支える野手たちに、それがはたしてどう映ったか。痺れる試合になるとことは間違いない。そういった予感はえてして選手に不安を与え、集中力を削ぐものである。
対する阪神も先発の斉藤を攻め、赤星が三遊間に叩きつけ内野安打で出塁した。ショート広瀬の動きはやはり硬かった。ホークスのショート起用を巡っては、井口か広瀬かで割れたはずである。プロでの遊撃手としての出場試合数に勝る広瀬に賭けたのか。いずれにしても外野の経験がほぼないながら身体能力の高い井口をレフトに配し、長らく守備機会のなかった門田にライトを託す超攻撃型布陣となった。両翼の二人は逆でも良かったのではと藤本には映った。強い浜風を意識しての起用だとしたら、鶴岡が甲子園の外野をどう捉えているのか訊ねてみたくなった。
赤星が出塁したことで、甲子園はもう勝ったとばかりの騒ぎである。二番吉田は送りバントやエンドラン、なんでもできるという腹積もりが期待値を自然押し上げる。じっくりいこうぜの声も飛んだが、藤本の打った手は初球ディレードスチールであった。相手の足が地に付かないうちにという意図なのか、それとも付いているのか試したのか。
だがホークスは慌てることなく、まず斉藤は完壁なクイックとウエスト、松中も大声でスタートを伝え、そして野村はそれに応える完壁な送球、まさに共援共助で赤星を刺してみせた。チーム一丸となり、肩が弱点とされる野村を守ろうとしている。扇の要の野村を中心に、ホークスは一つにまとまろうとしているようであった。
そしてなにより初回に一発で先制したことで、ホークス全体に落ち着きが行き渡りはじめていた。それを見せつけられたスタンドからは大きなため息が漏れた。百戦練磨の小山をして色を失わせたのはその由であろう。
赤星を走らせるにしても並行カウントまでなぜ待てなかった、ベンチ以上にファンから失望の声が上がる。直後に吉田、掛布の連打があったため、よけいに悔やまれる先頭打者の盗塁死であった。
結局、田淵が6ー4ー3のおあつらえ向けのゲッツーを喫し、初回、三安打を放ちながらも得点できなかった。阪神打線は最悪のスタートを切ることとなった。
小山は二回、三回を三者凡退に抑えたが、初回同様に球数を要した。パームで空振りが取れないことから、それを見せ球に切り替え、最後は速球勝負であった。ストレートのMAXは148㌔。ゆえに芯を喰った打球は多く、次回以降の登板に黄信号が灯った。

斉藤は終始コントロールが定まらず、二回はバース、三回は真弓と先頭打者を歩かせたが、要所は160㌔を計測した速球で押し込んでみせた。らしい投球と言えた。
ホークスの投手リレーを逆算するなら、9回、8回は杉内と和田。野村いわく、たとえONであっても初見では打てないという二枚の絶対的な左腕を据え、あえて言うならそこまでどう辿り着くかがベンチワークであった。
おそらくは三回までを斉藤、六回までの3イニングを杉浦、二人のエースで一回りずつを凌ぎ切り、7回は皆川、スタンカ、佐藤道の三人が、一人一殺で乗り切るというシナリオを描いているのであろう。となると残されたイニングはあと四回。阪神の選手は誰もが砂時計の上の器にいるような気分に陥っていた。
四回表から登板した江夏は、先頭の左打者の松中を、初回のホームランを意識し過ぎたのか歩かせた。思わず田淵がマウンドへ歩み寄る。二言、三言会話を交わした後の野村への初球、カーブが真ん中に入り、見事にー振りで仕留められた。打球は初回の松中同様、ポールを巻いてアルプスに消えた。藤本はベンチで ” ユタカの奴っ! ” と語気を荒げて帽子を叩きつけた。

野村が何度もガッツポーズを繰り返しダイヤモンドを一周し、甲子園は再び静まり返る。敵地ながらホークスの選手の方が伸び伸びとプレーしている。それを目の前で眺めるトラキチたちの歯軋りの音が聞こえてくるようであった。
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