Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

森下ウオッチャー回想記 Ⅳ

 松山遠征初日、松山城に大観覧車くるりん、子規堂、石手寺などを散策し〆は道後温泉で旅の疲れを癒すという完ぺきなプランニングで妻と娘を接待した私は、翌日の旅程について、
「よーし、明日は 坊っちゃんスタジアムでも行っちゃうー?
そう明るく切り出してみた。
坊ちゃんスタジアム・・・・??? 何それ・・・? 行ってみたーい♪」
 特にスタジアムの意味は読み込まれず、あくまでも ”坊ちゃん” の冠に旅情を感じてくれたのか、思いのほか好反応であった。これ以上の追及の手も特にはないご様子、よし、このまま押せる!
「じゃあー、明日もパパに任せなさーい!」
 行けばすぐに気付かれるのであろうが、あくまでも明るく、破局を迎えるその一瞬前まで、陽気で呑気で気遣い溢れるお父さんを演じ切るつもりであった。

 

 翌日は梅雨ならではの曇天、坊っちゃんスタジアムの周辺はいろんなスポーツ関連やメセナ施設に囲まれ、これならスタジアムに入るまで騙し通せる、そう確信した私はあえて歩みを速めることはせず、余裕のある身振り素振りで案内役に徹することにした。
「あれが武道館で、このまえドリカムが来てたらしんいんだ、あの変な建物は競輪場かな、近寄るのはやめようね。」
 私は球場に入ってもなお平静を装い、エントランスからスタンドへと伸びる長い階段をもゆったりと歩いて見せた。嫁も娘も悪い予感を察知していたかどうかは判らない。振り向く勇気はさすがになかった。
 スタンドに出ると一気に展望が開け、大型のスコアボードが目に入った。グランドからは獣の雄たけびのような声が至る所から聞こえてくる。選手は侍Japanのユニフォームで統一され、数年前に訪れた秋の大学生代表候補合宿のように、それぞれの所属チームの目にも鮮やかで色とりどりのそれが、プレー以上に主張してくる、そんなことはなかった。もうそのあたりから私の興味はグランドにだけ注がれ、後ろで呆れかえっているであろう二人については意識の外となっていた。
 なにせ、ずっと観たかった選手が目の前にいるのだ。投手では森下(明大)、早川(早大) 伊藤(苫駒大)、山崎(東海大)、佐藤(筑波大)、打者では郡司(慶大)、佐藤(東洋大)、海野(東海大)の捕手陣に、柳町(慶大)、宇草(法大)、元山(東北福祉大)、牧(中大)と、ドラフトを間違いなく騒がせるであろう選手が揃っていた。すでにこの面子から新人王、連盟特別表彰合わせて三人も出ている。私の心が躍るのも無理からぬ話。
 その矢先、投手で一番注目していた伊藤が一塁ベンチ前で捕手を立たせて投げ始めた。私はボールを受ける捕手の表情を正面から観たくなって、とっさにポール際まで移動。4Kハンディカムを目いっぱいズームし、捕手に口ックオン。

 伊藤が投げる前に小さくジェスチャーをしてみせる。変化球を混ぜ始めるのだろう。捕手の表情に注目。すると捕球するその刹那、表情が一瞬驚きで歪んだ。ボールはミットの土手に当たってこぼれた。恐らくカットか小さいほうのスライダーか?
 「こりゃええわ・・・・!」

 私はそう呟き小躍りしながら二人の元に戻る。

バカ:「いやぁー、ええもん見たわ!」

二人:「・・・・・・・・・・」

バ力:「・・・・、もしよかったら、明日はマドンナスタジアムで・・・・・・」

二人:「知るかーっ!」

 松山遠征二日目はここまで、

坊っちゃんスタジアム、ビジョン改修 日本一ヤクルト22年4月12,13日凱旋へ - サンスポ

 

 三日目は言うまでもなく一人でマドンナスタジアムへ赴くこととなった。二人は岩盤浴をハシゴするのだという。

 「水分補給はコマメにな!」

 そう言っては見たものの、当然返事はなかった、そりゃそうや。

 大学侍Japan、日米大学野球直前の広島カープ二軍との壮行試合、開始15分前、私が訪れた段階でマドンナスタジアムのバックネット裏はすでに満員。甘かったか、そう歯噛みしたが時すでに遅し。フェリーで乗り付けた広島フアンが一帯を占拠しているのだ。
 仕方ないので通路から立ち見。試合開始と同時にぽつぽつと雨も降り始め、素直にバチが当たった、そう思いました。反省はしなかったけどね。
 カープファン以外を探してみたものの、いかにも野球オタという同類はいない。顔見知りのスカウトも一人だけ。

 「注目は誰?」

 と訊いてもるも、

 「みんな!」

 とつれない・・・・・。
 そんな中、軽めの機材を片手に忙しなく動き回る一群を発見。Jsports のスタッフだった。ネームプレートをぶら下げているので一目瞭然。
 「この試合のダイジェストは放送するの?」

 「いや、まだわかりません。」
 こちらもつれない。日米大学野球並みに注目度高いのに。

 「ほら、お客さんもこうしてたくさん!」

 「はい、なので侍Japan特番の中で、このチームについてもやります、ドキュメンタリータッチで。」
 ” ドキュメントはええから、試合だけやれよ!”、そう言いたかったが押しとどめた。


 前半は試合そっちのけでそんな会話をしていたと思う。というのは先発のメナが無茶苦茶調子よくて、侍打線をまったくよせつけない。恐らく、メナの登板は大学侍Japan側からのリクエストなのだろう。いかにもアメリカ代表チームにもいそうなタイプをと。

 それが観戦する側にとっては裏目に出ていた。しかし打者への攻めはというと非常に緩く、大会前の大事な学生さんたちに怪我でもさせたら大変、とばかりにアウトコース主体。ただメナの球がクソ速い。150㌔級の癖のあるストレートをビシバシ外に決めるので、打者は当てるのが精いっぱいで剛球に圧されっぱなし。引っ張る打球は皆無。まったくお寒い内容、いかにもピストル打線って感じ。佐藤輝を故障で招集できなかったのが痛い。

 一方、豪華投手陣も1イニングごとの顔見世登板。良いといえば良いのだが、あれじゃわからん。エース格の森下のストレートは縦回転が効いているな、とか、今より横から腕の出てくる早川は、どちらかといえば左対策で使われそうだな、とか、伊藤のピッチングは子気味が良くて、こちらは抑えかな、とか、そういうのは部分部分で伝わってくるのだが、所詮は1イニングならば、みんなが良い投手!

 ”長いイニング見せてよ!”、こちらの不満は募るばかり。
 これではわざわざ家族を裏切ってまで愛媛へ見に来てよかったわ、とはなりません・・・・。
 お目当ての森下も6番の大抜擢ながら、一打席目はタイミングを外されセカンドゴロ、だったと思う。

 雨は降って来るわ、見どころがあまりにもないわ、立ちっぱなしで疲れるわで、意気消沈しているところ、Jsports 君がまた目の前を横切る。

 「日米大学野球は全試合放送してくれるの?」

 「二試合ぐらいになると思います。」

 「他の試合は?」
 「BS日テレか朝日が買ったみたいです。」
 「じゃぁ、全試合見れると思ってていいのかな?」

 「いやぁそれはわかりません。お天気が・・・・。」

 言われた先から雨足が強くなっていく。こりゃますます冷えた試合になる、そう覚悟した頃、牧がゴロで三遊間を抜く、今から思うとらしいヒット。
 牧を塁上に置いて打席を迎えた森下、インコース胸元150㌔級のストレートを一閃。目の覚めるような当たりが大飛球となってポール際へ、一瞬 ”ええっ?!” と叫んだ。
 しかし "利き腕の強い右打者のレフトポール際は切れるの法則” で大ファールに終わる。右手は添えるだけでいいのに・・・・。
 それでもこいつやっぱりやらかす奴、ストレートの反応が良い、とますます自信を深める私。というのは、ほぼ森下以外は全員メナの速球に圧されて外野にすらまともに打球が飛ばなかったから。
 現金なものでこうなってくると、一転、次の打席が楽しみになってくる。この日のカープ二軍の大学侍Japanへの攻めは、先の理由でアウトコース主体。たまにインコースを突くことはあっても、のけぞるようなものはない。森下としては躊躇せず踏み込める。打てる環境は揃っているかも。事実、アウトコースのボール気味の球にも手を出し当てることができている。

 待ちかねた三打席目、投手は左腕飯田にチェンジ。あっさり追い込まれるもそこから粘る。そして外のチェンジアップを泳ぐように軽く当てた。バックネット裏に陣取るカープフアンから歓声。打ち取ったと思ったのだろう。実際見た感じはそう。しかし高く上がった打球はなかなか落ちてはこない。ライトが慌てて下がり続け、そして見送った。さっきの歓声が ”えーっ!” という驚きの声に変わった。しめしめの私。
 さらに迎えた四打席目の森下。投手は二軍調整中の中田簾。調子を落としているとはいえ、カープの連覇を紛れもなく支えた右腕。またもや森下はあっさり追い込まれる。特に三球目のど真ん中のストレートをミスショットしたのは痛い。もうストレートなんか来ないぞ。そう思っていたらまたストレート。今度はアウトコース寄りやや厳しめ。森下のバットが芯よりちょい先で捉える。すると打球は打った瞬間にそれとわかる角度で左中間へ。今度は凍り付くバックネット裏。

 「また打った・・・・」

 「誰こいつ・・・・?」

 そんな話声が聞こえる。
 見たか、これが "やらかす奴 森下” なんじゃいっ!

 私の心の中の高笑いが止まらなかったのは言うまでもない。

 続きは明日以降で。