Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

『球界転生』 #28

 掛布の打球は力のないセンターフライとなって新井のグラブに収まった。最悪ライト前、ホークスのバッテリーも、そして掛布さえ同じ覚悟のインコースストレートであった。しかし打球はそのライトにすら飛ばなかった。

 狙った球が来たのに打ち損じた。バットマンとしての誇りが粉々になった気がした。できれば後二、いや三打席欲しいと掛布は素直に思った。

 差し込まれたことは理解している。しかし和田のストレートは140㌔そこそこ。特別な伸びを感じるわけでもない。それがなぜこれほど打者を押し込むのか。すべては和田の特殊な投球フォームと、ボールの出所にあるのでは。そう思ってから打ち取られた悔しさがやって来た。

 

 掛布は野村の言った、 ” 初見ではONであっても ” 、というセリフを反芻していた。ベンチを出て球審に向かう藤本と顔があった。掛布はまともに藤本を見れない。もらった指示を活かせなかった自分が情けなかった。すれ違いざま、藤本は掛布のケツを叩き、 ” 打てても三割や ” そう耳元で囁いた。藤本は淡々と球審に藤川の名を告げボールを受け取ると、一度それを右手で捻って目の位置の高さまで浮かせて、そして左の手のひらで受けてからマウンドを登っていく。

 岡田はその藤本の仕草に変化を感じ取った。七回のチャンスも潰したが、和田を引っ張り出した、つまり八回和田、九回杉内、この勝利の方程式を形の上では崩したことに満足しているのかもしれない。もしくは蔭山と野村がマウンドから鶴岡に対してシグナルを送り、鶴岡がどうやら二人の意を汲んだ、そこに意義を見出したのかもしれない。いずれにしても試合の流れは少しだが変わった。今度こそこちらへ向かってくる番だ。

 岡田は駆け足でベンチに戻ると早速、マウンドに集まった時の蔭山と野村の動きをもう一度映像で確認しようとPCを操作した。するとそこへ掛布がやって来て、和田のバックネット裏からの投球フォームを見れないかと言う。岡田はどうぞとPCを譲り、たった今終わったばかりの掛布との対戦シーンを再生してみせた。掛布はそれを食入る様に見ていた。

 肩が開かず腕が隠れてなかなか出てこない球持ちの良い投手というのはままいる。和田の場合、画面で見る限り腕の位置も決して低いわけではなく、普通のスリークォーターでむしろ高い方であり、だからこそしっかりボールを叩いてくる。なのになぜリリースが低く見えるのか・・・・。掛布は一端諦めてグラブを持ってグラウンドへと急いだ。

 

 甲子園にはマウンドに上がる際の球児のテーマソングが流れる。その歌詞を味わうように、球児はゆっくりとマウンドへ向かう。「奇跡のゴールを信じて」と歌うその曲を聴きながら、岡田はもう一度勝利を信じる気分になっていた。

 

 球児は一番から始まるホークスの八回の攻撃をすべてストレートで捻じ伏せた。特に新井、松中にインハイのストレートしか投げなかった。ガンの表示は150㌔中盤であったが、ストレートの回転、伸び、そして角度。左投手の右打者膝元へのストレートをクロスファイアーと表現されることがあるが、藤川の左打者の胸元の直球も、間違いなくクロスファイアー、つまり火の玉であった。

 

 ものの五分で終わったホークスの攻撃、その間にも三塁ベンチの中ではいろんなことが起こっていた。打席に立った選手にも、それが伝わって淡白になった面はなかったか。岡田は攻守交代を待ち詫びていた高校球児の控え選手のように、ダッシュで三塁コーチスボックスへと向かう。何が起こったのかを確かめるために。

 途中、憮然とした表情を浮かべ、三塁ベンチ前にいた城島の姿が目に留まった。岡田は足を緩め歩み寄り、 ” なんかあったんか? ” と訊ねてみた。すると城島は大したことじゃないです、とだけ答え手にしたミットを叩きその場に立ち尽くす。三塁ベンチの中を伺うと野村と蔭山の背中が見える。鶴岡はその奥にいるに違いない。

 

 ホークスは八回の表、二死から松中が打席に向かった際、和田と城島が連れ立ってベンチから出た。肩慣らしをを始めるためだ。回跨ぎの和田にとって必要なルーチンである。

 そして松中が球児のストレートに屈しセカンドフライに倒れると、当然のように二人してグランドに向かおうとした。マウンドに上がる和田、そして城島はネクストに立った四番野村がプロテクターを身に纏うまでの間、投球の相手をするために。だがそれを広瀬が止めた。振り返った和田は広瀬の手招きに応じてベンチへ戻ろうとする。その奇異な光景が岡田の目に留まり、三塁コーチャーボックスへと走らせたのであった。

 

 待ちぼうけを喰っている城島に、クラブを持ってショートに向かう広瀬が何やら話しかける。しばらく立ち話が続き、渋々一人無人のダートサークルにミットを持ったまま歩いて行く。

 三塁ベンチに目をやると、依然蔭山と野村の背中だけがそこにある。野村は時折しゃがんでレガースをつけている。鶴岡の姿はやはり見えない。やりとりのメインは蔭山と鶴岡で間違いない。

 一塁側では藤本が立ち上がって岡田を見ている。岡田は背中にその視線を感じたのか振り返ると、胸の Tigers の六文字の中の ” i ” を触った。

 " incident " ・・・・。

 「ついに動くで。

 藤本は呟いた。

 

 一塁ベンチの奥では掛布が田淵やバース、景浦、藤村を集めて端末を見せながら、一時だ二時だ十二時だと説明を繰り返している。画面に映っているのは投球する和田である。

 一方、三塁ベンチからは野村と蔭山が出てくる。蔭山は一目散にグラウンドへ走った。 野村はすぐに立ち止まってプロテクターを肩にすると、振り返って人を呼ぶ。 するとひと際大柄の斉藤が出てきて後ろに回ってストラップ紐を結んでやる。 そしてその二人の背後からようやく鶴岡の姿が現れた。球審を手招きすると言葉を掛ける。投手交代のようだ。左の和田に右の田淵、この組み合わせを嫌ったようであった。誰が嫌ったのか、少なくとも鶴岡ではなさそうであった。

 しばらくしてアナウンスが響いた。

 「ピッチャー和田に代わって、スタンカ。

 ウグイスがそう告げ、場内にどよめきが起こる。

 「ピッチャーの和田は、そのまま入りDH。

 次の瞬間、 ” ワンポイントや! ” 、スタンドで監督気取りのファンたちが、我先にと物知り顔で口を開き肯き合った。

 

 「野村の奴、ついに城島を切りおったで。

 藤本は右手で口元を隠して呟いた。

 「あれ、スタンカか。スイマセン・・・・。

 ベンチの奥で和田の投球フォームを解説していた掛布がズッコケた仕草をして田淵に謝る。気にするなとバットを担ぐと、田淵はゆったりとした足取りで打席に向かった。



 

 マウンドに上がった196cmのスタンカが、188cmの田淵を見下ろしている。この甲子園で阪神には一点もやらない、当然次のバースになれば、和田が再びマウンドへ上がる。付け入る隙など許さない。完膚なきまでに叩きのめす、それがこの継投の意味するところである。

 「鶴岡の野球ではないで。

 藤本が独り言をいう。

 岡田は ” 誰の野球ですか? ” と口を挟もうとしたが、野暮な質問するなと諫められそうなので黙っている。

 「欲張ったら女神はそっぽ向くんとちゃうか。なぁ、岡田よ。

 藤本の方から話しかけてきた。雰囲気が出てきたぞと岡田は思った。

 「ああ、流れはうちに来る、絶対に。

 藤本がこの試合初めてニタリと笑った。

 

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