Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

2023 WBC余波

 今回もWBCについて書かせていただく。いつものようにボヤキ中心になること、ご容赦願いたい。

 優勝直後はネット上にも提灯記事が溢れ、正直読む気がしなかった。恐らくワイドショーやニュースショー、新聞も輪をかけて酷かったと想像する。

 一応「Number」 だけは記念に買っておこうと思っていたが食指が伸びない。白状するなら決勝戦翌日のスポーツ紙は全紙購入した。しかしその内容にはがっかりさせられるばかりであった。衰退するスポーツ紙の心意気が試される、そう思っていただけに尚更である。なので「Number」 についても躊躇が先に来た。結局買ったがまだ読む気にはならない。困ったものである。

 お祝いムードは理解できるのだが、何でもかんでも美談に仕立てるのはどうなのか。物事が正しく伝わらない気がする。こういう手合いは、視る側や読む者が望んでいるものから逆算して番組を演出するなり、記事を書くなりしている。何故そこにあるものだけを伝えようとしないのだろう・・・?

 今、侍たちとファンの間では、幸せなサイクルが回っている。それは牧歌的な景色で、風車に見入る幼子のように汚れた私の心も和ませてくれる。これ以上は望むべくもない。だというのにその回転速度を上げようとする輩がいる。どうでもいいものまで取り上げ、ネタが尽きようとお構いなし。やれ、大谷の通訳がロックスターだの、やれ、決勝戦の後日本のフアンがゴミを拾ってただの・・・・、うんざりである。

 これではアイドルやタレントを取り上げる際の手口と一緒じゃないか。本人に迫り過ぎると事務所からクレームが入るので、ぼやけたプロフィールと盛った周辺情報でお茶を濁す。そんなことばっかりしているから、本当に焦点を当てて欲しいものを探し見抜き咀嚼し、判り易い言葉で伝える、そういう能力が弱ってきているのだろう。

 もう逆算以前に、視る側や読む者が望むものさえ、見えなくなっているのかもしれない。私は大谷の凄みや村上の可能性についてもっと知りたいし、”Next OHTANI” についても言及して欲しかった。しかし納得できる記事にはお目にかかれない。残念である。

 

 

 今回は日本の優勝で終わったが、WBCはこれからも続いていく。次回は26年らしい。次がどんな大会になるのか、あるべき姿とはどのようなものか、そんな議論もあまり聞こえてはこない。三年後となれば、大したフォーマット変更は望めない。興行収入の大半をMLBとその選手会が持っていく以上、アメリ力におけるベースボールの地位がWBCの命脈を握る構図は変わらない。

 ならばというわけでここでおさらいすると、アメリ力におけるスポーツの順位は、NFL、NBA、MLB、NHL、MLSらしい。つまりベースボールは三番手である。しかしこの順位を私は疑っている。ソースを示せなくて恐縮であるが、”一番好きなスポーツは?”、という間いかけの場合はこの順位が妥当だろう。しかし、”好きなスポーツを二つ、もしくは三つ上げろ” という設間になると、ベスト3の順位はNFL、MLB、NBAに変わるはずだ。まぁボリュームは、NFL >>>>MLB≧NBAって感じだろうが。

 MLBにとって当面のライバルであるところのNBAの人気というのは実に曲者で、今から遡ること三十年前、若者を中心にムーブメントが巻き起こり、バスケ人気がアメフトを凌駕したことがあった。このまま十年、二十年と順調に時間が経てば、すべての年代でNBAがトップに躍り出る、そう言われたものだ。しかし彼らは年を重ねるにつれて埋没していった。

 どんな商品であっても若者の支持を取り付けることは最重要とされる。しかしそれができたとしても、数年後のマーケットを先取りしたことにはならない。NBAの人気の推移は、そのケーススタディだと思っている。つまりは商売に安泰の二文字などない。NFLであってもその人気は盤石ではないかもしれないし、MLBがそこに付け入る余地はないなどと決めてかからない方が良いだろう。

 MLBにはWBCを梃にとは言わないが、もっと攻めに出るべきだ。前回も指摘したが、アメスポには閉鎖的なところがある。アメリ力一強の時代はそれで良かった。しかしアメリカ・ファーストが声高に叫ばれる昨今の状況をどう読み取ろう? アメリ力をもう一度偉大にという思いがそこに込められているのか、それとも孤立主義を促しているのか・・・・。政治はさておき、スポーツに求められる方向性は前者で間違いないだろう。内向きになればその競技のレベルは下がり、人気は落ちる。当たり前のことだ。

 しかしアメフトが世界的なスポーツになることは、そもそもその名称がそれを拒んでいやしないか。アメリカンフットボールを頑張る他所の国は、そう滅多に現れるものではない。バスケは競技人口は多いが、ヨーロッパや南米にNBAに近い規模のリーグができるとも思えない。長い目で見て、この二つのリーグに上がり目はないだろう。アメリ力の国際的な威信が衰える中、内輪受けに終始するようでは現状維持が精一杯ではないか。

 翻ってMLBには、中米の小国や極東のー部であるが単体でアメリ力に迫り得る国がある以上、可能性を外に求める戦略を打ち出すべきだ。また、NFLやNBAというライバルにできないことをする、という狡猾さも必要。つまりはもっと開放的であるべきなのだ。メディアには、今こそワールドシリーズの示す意味や、WBCの持つ可能性について言及して欲しかった。

 まったくボヤキばかりで恐縮である。お詫びというわけではないが、今回のWBCについての感想を述べたい、ってこれじゃお詫びにはならんか・・・・。

 大会が始まる前から言われていたが、もしアメリ力やドミニ力がもう少しエース級の投手を揃えることができたならどうであったか? 日本の優勝への道のりはもっと険しいものになっていたであろうことに言を俟たない。

 なぜ参加できなかったのかについてはメディアに詳しい、

www.nikkansports.com

www.chunichi.co.jp

 

 しかし日本も万全な投手陣とはいえなかったのではないか。結果的に大勢や高橋宏、湯浅、宇田川あたりの若手が活躍したようだが、私が監督なら別の投手を選ぶ。山崎、岩崎、増田、益田あたりはどうか? また左の高橋奎も加藤貴という選択肢はなかったか?

 去年のシーズンオフからの選考の過程や練習試合はまったく観ていないので言えた義理ではないが、増田、益田の経験や安定感は買えるし、加藤貴の制球力は球界一だとも思う。ベテラン故に最後の檜舞台に対する思いも付加価値として力ウントできる。まぁ本音を言えば、若手がWBCで活躍するとNPBを舐めるので、それが鼻について嫌なわけであるが。

 一方打線のレベルは素直に上がったと感じた。特にここで長打が欲しいと願う場面での一発は、これまでなかなか出なかっただけに隔世の感がある。第四回大会以前を文字通り一昔と感じるほどに。

 思うに、準決勝以降というか、戦いの場をアメリ力に移した決勝Rで出た効果的なホームランは、第一回準決勝韓国戦での福留のホームランだけであろう。それが今回は三発。特に村上の一撃は打球速度も飛距離も大会随一ではなかったか。このような打者が日本で育つようになったことを、新鮮な驚きとして受け止めている。

 こうして各大会の主砲の顔ぶれを眺めていると、今回の打線は特別であったと感じる。もちろん村上は別格な存在ではあるが、並びうる選手はいると思っている。佐藤輝には頑張ってもらいたいのだが・・・・。こればっかりは阪神フアンの性ですな、スイマセン。

 また今大会のスタンドの風景を眺めていて感じたことが二点ある。

 一点目は国内ラウンド。日本戦が常に満員!! 第三回大会以前は、日本戦でも三塁側は空席が目立ったものだ。単価は当時は七、八千円。今回は一万円オーバー。インフレは確実に進んでいるが、大谷効果だけではなく、景気もこの十年で持ち直しているように感じた。

 二点目は準決勝以降の口ーンデポ・パークのスタンド。観客の大半は白人、ちらほらヒスパニック、そして日本人。つまりアフリ力系のアメリ力人がほぼいなかった。直後、マスターズのゴルフのそれにも興味があったのでチャンネルを合わせてみたが、こちらのギャラリーは白人のみ。

 フロリダとジョージアはほぼーつの地域と言っていいので、これだけを切り取ってアメリ力の分断が進んでいるとまでは言わないが、そういう動きは間違いなくあると感じた。

 六割以上がアフリ力系アメリ力人がプレーするNFLやNBAと、その1/10しかプレーしていないMLBを比較して興味を持ってくれというのがそもそもの間違いであろうか。ベースボール離れの要因は奨学金だろう。このあたりについては去年書いたか。

tilleternity.hatenablog.jp

 

 1次Rを戦うことになった韓国の低迷にも触れておく。

 韓国もベストメンバーではなかったであろうが、投打ともにパワー不足とレベルの低下は否めなかった。実はその原因ははっきりしていて前々から指摘もされている。

www.baseballchannel.jp

 これは六年前の記事である。韓国高校球界が木製バットを導入したのは2005年、 当時は日本に先駆けて国際ルールに準拠すると鼻息も荒かったのだが・・・・。

 まぁ韓国野球のことなどはどうでもいいのであるが、皮肉にも今回の日韓戦の結果から日本野球のレベルがかなり上がったことを改めて実感できて、その後の快進撃をも予見させてくれた。WBCでもない限り、国内の野球のレベルにそうそう気づくものではない。第一回大会から他国とガチンコで戦い続けているからこそ伝わってくるものでもある。日本が優勝したから言うのではないが、意義のある大会だったと思う。

 ここで俄然気になってくるのが、来年度から低反発バットを導入するわが国の高校野球である。どうにも韓国と同じ轍を踏まないか心配なのだ。

spojoba.com

 韓国の状況とは裏腹に、「打者の技術向上のメリットがある」などと書かれている。そこを安易に期待するのは難しい。

 まず投手の能力を上げるにはいくつかの道筋がある。しかし打者の場合それは限られている。かなりの部分で実戦、特に対戦する投手の能力に依存しているからだ。

 この春の甲子園で、 150㌔を計測した投手は結局現れなかった。ということはこうも言える。150㌔のスピードボールを打ち返せる打者もいなかったと。これは屁理屈でも言葉の遊びでもない、事実だ。

 卵が先か鶏が先か、この結論は永遠に出ないが、野球のレベルを上げるのは間違いなく投手が先だ。150㌔のボールを打ち返すには、それを投げる投手が必要だからだ。

 マシーンで150㌔のボールを打つことは、今から40年前、私が真剣に野球をやっていた時に既にできた。今ーつ信頼性はなかったが、設定次第でそれは可能であった。だから150㌔のボールを打つことはできたといえる。

 しかし、である。ひとたび試合で130㌔半ばのストレートを投げる投手がマウンドに上がれば、まったくのお手上げであった。凄い投手が身近に現れると、その投手を打つために努力や対策が迫られる、その過程を経て打者のレベルは上がるのだ。

 今回の低反発バットの導入で打球の飛距離が落ちれば、「投手の負担軽減」や「打高投低」 の傾向の調整に資することにはなるだろう。そこに疑いはない。しかし同時に、投手のレベルを下げることにもなる。今までの八割の力で抑えられるようになれば、そのうち100%の自分を見失うようになるからだ。

 問題は次に来るのが打者と投手の拮抗でなく、打者のレベルの低下である点だ。つまり低反発バットだとか、もしくはストライクゾーンを広げるとか、そういった打者の条件を意図的に悪くすると、投手は楽になる分レベルが落ち、後はそれを引き金にデススパイラル。

 ボールが飛ばなくなるから打者のレベルが落ちるのではなくて、投手のレベルが落ちるからそこに引っ張られて打者のレベルが落ちるのだ。今回のWBCで韓国が身をもってそれを証明してくれた。韓国国内では特にスラッガーの不在を嘆いているようだが、日本に連れてきたくなるような剛腕投手もいなかったことを申し添えておく。

 低反発バットの導入を巡り、高校野球への悪影響についてばかり書き連ねたが、前向きに捉え直すことも可能だ。指導者がしっかりとした打撃理論を持っていれば、逆にチャンスはあると。

 そのあたりについて、実はニ年前に書いている。

tilleternity.hatenablog.jp

 コロナで練習試合を組めなくなるので、実戦よりも理論が重要になる、そう思ったのだ。しかしコロナも落ち着き、私立強豪校は土日にバンバン練習試合を入れ遠征も再開し始めた。恐らく彼らのことだ、潤沢な予算に飽かせて、あらゆるメー力ーの低反発バットを発注し選手に試し打ちをさせるのだろう。そして一番良く飛ぶバットを探し当てる。

 片や金のない高校にはそれは不可能。ならば理論でそこを補うしかない。低反発バットの導入で、すべての高校生が一度スタートラインに戻り、打撃においては再出発を図る。またとないこの機会、上手く活かして欲しい。

 ”俺の打撃理論で高校野球を変えてやるっ!” そう腕を撫す猛者がいることを、できれば公立校の古豪にそういった指導者がいてくれることを願ってやまない。