Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

『球界転生』 #24

 レセプションパーティーでの水原の一件以降、甦った男たちへの取材のハードルは確実に上がった。囲みの取材はもともとNGとされていたが、グラウンドへの立ち入りも禁止となった。選手の撮影もスタンドの最前列に設けられたブースで行うよう言い渡された。もちろん不満は出たが、それに対し大会運営からは、各球団が練習後に代表会見を行うとの通達が出たのみであった。

 特に巨人は、毎日輪番で、二、三人の選手が代表して会見を開いてチームの状況を伝えるので、取材はそこに限定するとメディアに対して一方的に告げた。巨人が自制したのか、大会運営から要請があったのかはわからなかったが、そこに長嶋を隠す意図があることは間違いなかった。

 番記者たちはおののいたものの、最初の数日は沢村や王、松井、江川が次々に指名されマイクの前に座ったため、さして取材に影響はないと胸を撫で下ろした。だがそれも束の間、輪番というのはすぐに有名無実化していった。

 特に長嶋に対する取材は監督の水原が盾となり頑なに許さなかった。

 

 また定例の会見は柴田が選手たちのスポークスマン役を買って出たため独断場となった。

 結果として長嶋への直接取材が叶わないどころか、日々の巨人各選手の動きや仕上がりも、基本はすべて柴田経由で聞かされることとなり、これでは毎朝の紙面が持たない、番記者の切実な嘆きが漏れ聞こえ始める。巨人軍お抱えの報知新聞は各選手の独占手記を連載することでその場を凌ぎ、あくまで一面を伝説の男たちで飾り続けようとしたが、それも一週間でネタ切れとなった。

 関西はそれ以上に深刻であった。開けても暮れても紙面の半分は阪神で通すのが慣例であるのに、藤本監督が巨人に倣い取材への対応は自分の専権事項であると宣言した。番記者たちはそれを ” 狸のカーテン ” と揶揄し、「 The Game We are 」の取材自体を諦めて、リアルの阪神へとシフトしようとしていた。

 メディアが水原や柴田、藤本に手を焼いている一方で、ライオンズの監督である三原が現行のプロ野球やMLBで基準とされているいくつかのルールについて警鐘を鳴らし紙面を賑わせた。大会前に開催された監督会議において、三原はルールの解釈やその範囲について確認しておきたいことがあると申し入れを行ったのだ。

 まず当て馬は選手が手薄であることを理由に禁止する旨申し合わせるよう促した。一番やりそうなのがそう言ったので、満場一致であった。

 次に投手のDH起用であるが、各チーム投手は七人しかいないことから、ワンポイントでマウンドに上がった投手が降板後DHに入り、その後再登板することはままあり得るとし、仮にその場合でもDHは解除されず、ベンチにいる野手を起用できるよう要望した。どの監督にとっても選手のやりくりには頭を痛めていたためすんなり採択された。DH制は翌年から高校野球にも導入予定であり、三原の提案は示唆に富むものと評価された。

 また時計回りの右投手の二塁への牽制と偽投についての確認を求めたところ、従来のルール通りとの回答を得て引き下がった。さらに捕手のクロスプレーについて、現役チーム以外の捕手は、すべてコリジョンルールが導入される前に引退しており、咄嗟にブロックをしてしまう可能性があるため、走者とのコンタクトと捕手のブロックはある程度認めて欲しい旨要望を上げ認められた。

 最後に、判定に対するリクエストは試合の流れを遮り球趣を削ぐ。まったく野暮な行為だと言い切った。判定というのは勝負の綾であり、野球を構成する立派な要素なのだと大会運営に物言いをつけたのだ。その結果、リクエストは試合時間短縮の妨げになる恐れががあるとして今大会での採用が見送られた。

 審判の微妙な判定を勝負の綾と言い切る三原の見解は、コアなファンをもってしても唸らせるものであった。

 世間の注目が「 The Game We are 」に集まるなかで、巨人阪神以外から新しい ” 推し ” を探す動きが現れた。たとえばライオンズの清原と池永の来歴を高校時代から振り返り、二人が辿った数奇な運命についていくつかの特集が組まれた。

 そしてホークスならば、もちろん野村であった。

 ホークスは大会運営からなにを言われようとどこ吹く風で、鶴岡を中心におおらかに記者たちと接しているようであった。特に野村は生前から懇意にしていた記者も多く、その世代が偉くなっていることもあり、野村やホークスの一面記事が関西に限らず関東でも増えていった。

 野村はそこで ” ホークスの戦力は巨人より上 ” と舌鋒鋭く語り、初戦の相手でもある阪神などは目じゃないよとこき下ろした。

 特に杉内、和田の投球内容には手ごたえを感じたのか、 ” 直接ボールを受けて初めてわかったが、初見で、しかも 1イニング限定であればどのチームの誰であろとも打てない、 それはONであっても例外ではない。まさに勝利の方程式とはこのことや! ” と太鼓判を押してみせた。

 また、松中と自分、左右の三冠王がいることや、そこに門田、小久保、城島と続く打線の厚みは、間違いなく今大会ーであると胸を張った。それは満更誇張ではないと、ライトなファンたちも巻き込みSNSを通じて囁かれ始め、野村がスポーツ紙のー面を飾る回数はさらに増えた。ついには打倒巨人の一番手はホークスという風潮が醸成されるに至り、戦前の評価や扱いが地味であったホークスの野村によるプロモーションは確実に成功を収めていった。

 

 メディアジャックともいえる野村の一連の動きを、鶴岡が裏で操っているかどうかまではわからなかったが、その煽りを間違いなく喰った藤本阪神の記事は、関西であっても一面を飾ることが減っていった。

 ただし、この見出しだけは例外であった。

 ” 藤村、開幕四番サード決定!!

 藤本が早々にそう宣言してみせたため各紙が飛びついた。

 記事のなかで藤本は、阪神最大の立役者とは藤村のことをいうのであり、ニリーグ分裂時に彼が阪神を支えなければ、今の阪神はない。その功労者でもある藤村に、最高の舞台を用意してやることが指揮官の務めである。巨人の三番ファースト王、四番サード長嶋、そしてホークスの四番キャッチャー野村が絶対であるように、うちの四番サード藤村も決定事項なのだと伝えた。

 むろん ” 四番キャッチャー野村 ” を実現させるための芝居である。それに向けてできることはすべてやるという藤本の執念の表れでもあった。

 野村は藤本のその方針を歓迎するとしながらも、 ” このまえテレビで流れていた藤村さんの打撃練習をチラッと眺めたが、あれではポイントが前過ぎて、絶対にうちの投手は打てないけどな ”、とチクリとやることも忘れなかった。

 藤本はその発言を知ると、 ” 野村君はおたくの監督の現役時代の打撃フォームをご存じないようだ、勉強不足だね ”、とやり返し逆に挑発して見せた。

 藤本の狙いは、いうまでもなく鶴岡と野村の関係に少しでも波風が立つよう試みるものであったが、以降、野村からの反応はなく、舌戦は軽いジャブの応酬で終わった。

 藤本の謀の成否は、開幕戦のホークスの打順を見て判断するしかなかった。

 

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