レセプションパーティーからホテルの部屋へ戻ると、村山は急いでスーツの内ポケットに忍ばせた小型のパソコンを抜き取り慣れない手つきで立ち上げた。
甦った男たちはホテルの部屋から出る時ですらそうだが、部屋に物を持ち込むにも許可が必要である。正確に言えば決められた行為以外は、部屋の内外を問わず基本認められてはいない。
明日から行われるという各チームに分かれての合同練習にしても、お達しに則りあらかじめ用意された場所で、スケジュール通り決められた時間内に行うことが求められた。そして終われば各々の専属の主治医が、まるで保護者のように待ち受けてホテルの部屋まで連れて帰るのだという。
村山は部屋の隅っこでことさら慎重に、渡されたメモを見ながら端末を操作し、Webミーティングに参加した。画面には、待ってましたとばかりにすでに田淵が映し出されている。
” 村山さん、聞こえますか? ” と問うので柄にもなく小さく ” 〇 ” を描いて示すと、少ししらけたように ” 喋っていただいて構いません ” 、と言われた。どうやら普通に話しかけることもできるらしい。右側には他の参加者が小さく映し出されている。藤本と、そして岡田であった。
「藤本監督、ちゃんと操作できましたか?」
村山が嫌味を言うと、ー番遅かったのはおまえだと返ってくる。その途端、難しそうな藤本のいつもの顔が大写しになった。
田淵がまぁまぁと笑いながら、” 全員時間通りにそろって良かったです ” 、と仕切りを始める気配である。
「ブチ、任せるから進めてくれ。」
村山がそう言うと、 ” それではお時間も限られているので ” 、と言って本題に入った。
まずホークス戦の重要性について田淵が語った。初戦であること。そしてメンバーから判断しても手強いこと。ある意味巨人以上の戦力だと付け加え、そして何より、チームを指揮するのが鶴岡さんであると強調してみせた。
「鶴岡さんについては藤本さんからー言いただきたいと思います。」
田淵がそう振ると、おもむろに藤本は話し出した。
「おまえらが思っているよりも、鶴岡は危険や。そこはわしがー番知ってる。
まぁここであれこれ言わんが一つに絞るなら、鶴岡は手駒に恵まれなくとも常に結果を出してきた男や。ましてはあの面子、恐らくあいつが仕損じることはない。」
藤本の表情が曇っている。画面を通じてもそれが伝わってくる。
「そこでムラに訊きたいことがある。もし鶴岡の手の内について知っていることがあれば何でも良い、ぜひ教えて欲しい。」
そこまで言うと、腕を組んで椅子の背もたれに身体を預けた。画面の藤本の顔は、表情が読めないほど小さなサイズになった。
「というわけでムラさんの出番なんです。」
田淵が努めて明るく言った。

「鶴岡さんから訊かされた話、それがすなわち手の内かどうかは正直わかりませんが、その話をする前に、僕の手の内、つまりこの大会の僕なりの読みについてまずはお伝えしておきます。」
村山は画面に向かって断りを入れる。三人とも肯き、田淵がどうぞと言う。
どのチームも投手は、恐らく大リーグに行っても通用する実力者ばかり。事実、ワールドシリーズで大活躍した投手もいる。
ー方で打者の方はどうか? 顔ぶれを眺める限り、三割三十本百打点を軽く超える猛者が揃っている。どのチームの打線も、成績だけで見ればそこに切れ目はない。
では実際にどこからでも打てるのかというと、そこは投手の力が優先するのではないか。だとするなら、試合のなかで連打は期待できそうにない。おそらくワンチャンスをどう活かすのかが最大のポイントとなるだろう。
突き詰めれば少ないチャンス、そのお膳立てが誰の前で整うのか、勝負の分かれ目はそこになるのではないか。
ここまでの話に異論はないか、田淵が藤本に訊ねる。藤本は ” 続けろ ” とだけ言った。
「つまり大仕事をしてみせ、勝負を決めることのできる打者が誰なのか、あらかじめ当たりをつける。その見極めをベンチがやり、まわりの選手と共有する、それをできたチームが最後には勝つ。」
村山は駆け足でまず結論を示し、そして反応を伺った。
「・・・・鶴岡にはそれができる、そういうことやな。」
藤本が真っ直ぐに間う。 ” ええ ” とだけ言って村山は肯いて見せた。
「では逆に訊く・・・・、居並ぶお山の大将の中から、ほんまもんの大将を、どうやって鶴岡は見つけるというんや。」
藤本がゆっくりと言った。画面に乗り出す様から、話は一気に佳境へ入ると思った。
「鶴岡さんは話のなかで、選手には ” 格 ” がある、そう何度も繰り返しました。でもその ” 格 ” をどう見極めるのかが難しいとも。」
村山はあの日の鶴岡の言葉をそのままなぞった。
「そりゃそうや、監督にとって選手は駒や。 ” 格 ” がわかれば動かす時に目印になる。せやが、将棋のように金だの銀だの王将だのと、背中に書いてないからな。とくに今回のチームのメンバーはみんな、我こそが王様やと思っとるわいや。」
画面で大きくなった藤本がそう言って、回線を通じ三人を睨みつけた。村山は指しで鶴岡と話したことを思い返しながら続けた。
投手の ” 格 ” は防御率だと鶴岡は言う。おそらくそこに異論はない。では打者の ” 格 ” とはなにか? ホームランや打率は、本来の選手の姿をごまかす華や艶に過ぎない。つまり飾りである。
そこで鶴岡はこう言ってみせた。独自の計算をして ” 格 ” の高いのは誰なのか、そして誰を脇に回すのか算出をするのだと。
「算出・・・・、鶴岡はどんな計算をするというんや?」
依然前のめりのままの藤本が言った。
「ロジックがあります。」
「ロジック・・・・?」
藤本も田淵も岡田も、同時に声を上げた。
村山はあの数式を三人に告げた。

「これが鶴岡さんの出した計算式です。
このロジックでは、たいがいのチームのクリーンナップでもマイナスになるそうです。たとえば野村は五十本打ってもマイナス。全盛期の中西さんですら25がせいぜい。王、長嶋は60から80、そう鶴岡さんは言っていました。」
ふむと呟き、画面の藤本が腕を組んだまま椅子にもたれかかる。
「恐らく、鶴岡さんは打順を組む際、必ずこのロジックを物差しにして各打者に当てるはず。いや、今回のメンバーを決める際、すでにそれをしているでしょう。」
村山がそこまで言ったところで藤本は、
「岡田、ホークスの打者のベストの二シーズンのこの値の平均値を計算せい」
すかさず指示を出した。岡田は待ってましたとWeb会議からいったん外れて、その端末で操作を始めたようだ。そしてものの二、三分すると画面に戻ってきて、 ” できました ” と言いこちらと向き直った。
「野村はほんまにマイナスなんか?」
「はい、52本打ったシーズンで-67、三冠王でも-4。平均で-35。門田が84、松中が53、城島が-3、小久保が-86。こんな感じです。」
岡田が結果を読み上げた。
「・・・・小久保が案外低いな。」
田淵がポツリと呟いた。
「小久保は野村さんと同じタイプなのかもしれませんね。」
岡田がすかさずそう答え、 ” 門田さんがどのタイプで甦っているのかも気になる ” と続けた。
「打つだけのDHとしてか、守って走って肩も強い三拍子揃ったタイプなのか・・・・。」
田淵がそう言って考え込んだ。
「前者やろ。鶴岡が選んだんや。一発のある方やで。」
藤本はそう言って、 ” 手抜かりはない ” とぶつ。
岡田がぼそっと、 ” 城島のベストが86というのも気になる ” と言った。
「城島は、大リーグで二十本近く打った奴やろ?」
藤本がそう訊ね、岡田が大きく肯いた。
四人とも考えこみ、時間だけが過ぎていく。見かねた藤本が口を開く、
「ムラよ、ピッチャーっちゅうのは、大仕事するのが並んだ方がええのか、それとも散らばった方がええのか、どっちや?」
「僕の場合、並ばれた方が嫌ですね。」
村山は即答した。すると藤本が ” わしもそう思うな ” と言って笑った。
「ここ変じゃないですか。なんでわざわざ足しておいたものを、最後に出塁率から引くんやろ・・・・?
足し算の方がええんとちゃんうんか・・・・ 。
どっちの値も高い方がええはず。なんで引くんやろ・・・・。」
岡田がいつもようにぼやくような口調で言う。
「鶴岡さんは、たしかに出塁率から引くのが味噌だと言った。」
村山が記憶を辿りながら口を挟んだ。三人ともひとしきり数字について考えを巡らせている。

「このロジック・・・・、正しいぞ。」
いつの間にか再び身を乗り出していた藤本が言った。
「わしはなぁ、こう見えても数字や統計にはうるさいんやで。鉄道管理局で仕事しとった時は、統計係やった。
この引き算はな、’’もやい結び’’というやつや・・・・。
しっかり結びつけ固定する、つまり条件を厳しくするためにやるんや。
輪っかを作って一方の側からくぐらせる。ほんでとどめに逆方向からもくぐらせる。それが最後の仕上げ。つまり足すだけじゃあかんということや。」
藤本はおまえらには判らんでいい、言外にそんな含みをもたせて一方的に結論づけ納得しているようだった。
「おそらくほんまに ” 格 ” が高くて、大仕事ができるのか、しっかり見極めるために最後に引くんやろ。」
そう言って藤本はまた背もたれへと下がった。そして ” だいたい判ってきたで ” と肯きながら言った。

「鶴岡は他に何か言ってなかったか?」
藤本がそう訊ねてきたので、村山はあの時の情景を浮かべてみる。
「はい、鶴岡さんと話していて印象的だったことをニ、三並べてみます。
まず、野村は長嶋、王には及ばない。」
「・・・・まぁ、そこはそうやろな・・・。 野村のインサイドワークについてはどう言うとった。」
「捕手としての働きを加味しても、及ばないと。」
「そこまで言うたのか・・・・?」
藤本は静かな口調でそう村山に訊き返す。村山は ” はい ” と肯いた。
「田淵、おまえはどう思うよ?」
一転、藤本は田淵に訊く。
「野村さんはリードという面では、おそらくいまでも球界ではNO.1だと思っています。
つまり配球や打者の読みの裏をかくことにも長けている。ただ・・・・。」
「・・・・ただなんや?」
「優秀な投手でも、捕手の構えたところに来る確率は実際のところ七割・・・・ぐらいか。
つまり配球の妙は間違いないですが、勝負を分けるかどうかは、僕には判りません。」
田淵は真顔で応えた。
「そんなとこやろな・・・・ 。」
藤本はそう言うと、 ” 村山よ、おまえはどう思う ” と問いかける。
「僕も捕手のリードが勝負を決めるとは思えません。」
村山は即座にそう答え、そして続けた。
もし野村のインサイドワークが特別なものなら、打席でも投手の配球が読めるのではないか。ならば追い込まれれば追い込まれるほど読みの確度は上がるはず。なぜなら、自分はフォーク、小山さんならパーム。みんな決め球を持っている。配球を読めるというのならそれを待てばいい。
自分はフォークに絶対的な自信はある。フォークだけでも三種類ある。だが、どのフォークを投げるのか、先に打者が判っているのならどれも打てない球ではない。
つまり本当にこちらの配球を読めるのなら、追い込まれてからも打てるはずである。
村山は投手の心理を語り、そして、
「鶴岡さんが、野村で物足りないのは初球から行くところだと。」
村山はそう言って画面からの反応を待ち、なにも返ってこないことを確認すると、昭和39年の日本シリーズ前に、鶴岡の言葉を受けて自分なりに調べてみたことを語り始めた。
あのシーズンの野村のホームランの四分の一は、初球を打ったものであった。さらには結果球の五分の一がこれまた初球であった。もはや読みではなく、カウント球の傾向を積み重ねて得た偏差のなかから球種を絞った結果ではないか。もちろんそれを読みというのならそうである。
しかし、いずれにしてもこれは捕手のリードとは関係ない。むしろスコアラーの手柄になるといえないか。
村山がそこまで言っても、依然返事は誰からもなかった。
「ロジックが正しい正しくないは置いておくとして、鶴岡さんがあれで打者の ” 格 ” を見極めているとは言えると思います。
であるのならわれわれはあれに基づいて、ホークスの打つ手を読んで、そして対応すべきです。」
そして村山はこう括った。
「これがあの時、藤本さんに伝えたかったことです。」
村山は胸の中がすっきりした気がして、思わず深呼吸をした。

藤本は ” よくわかった、ありがとう ” と礼を言うと、
「ポイントはや、鶴岡が勝つために脇に回そうとする選手を舞台の真ん中に引っ張り出して、ほんで主役をやらせればええ、そういうことやろ。」
藤本はそう言うと、また画面から三人を睨みつけた。
「・・・・つまりは野村ということやな。
具体的に言うとや、大仕事をするであろう三人。門田、松中、城島。この三人を並ばせないよう、間に野村と小久保を入れてやって、そして野村にマスクを被らせる、そういうことやな。」
とこれまでの話をまとめ、藤本は大きくーつ肯いた。
「確かに強肩でメジャーでもマスクを被った経験を持つ城島の方が、やりにくい面は多いかもしれません。」
岡田が言った。
「うちには吉田さんも赤星もいる。」
と田淵が続く。
「それとDHが誰になるのか。城島がDHなら、門田さんはどこを守るのか・・・・?」
今度は岡田が考え始めようとする。
「わかった、後は任せろ、わしの仕事や。」
藤本が静かに言うとさらに続ける。
「どうやら巨人は記者どもを規制をするらしいで。球団が決めた選手にしか取材は許さんとな。まぁ、長嶋を隠すためやろうが・・・・。
うちはホークス戦まで取材はすべてわしが受ける。わし以外は受けてはならん。
そうなると困った記者ども、どこへ行きよるんやろな。野村の出番は増えるはずやで。」
藤本が今日初めて笑う。
「勝機が出たで、鶴岡の手の内が少しわかった、そんな気がしてきた。この打ち合わせに価値はあったな。諸君、ありがっとう。」
満足したのか最後におどけてみせると、あらかじめ脇に用意していたらしいピース缶から一本取り出し火をつけた。
「藤本さん、禁煙です。」
思わず村山が画面に向かってそれを止めようとする。
” せやったせやった ” 、そう言って美味しそうに煙草をくゆらせる藤本の笑顔が、画面いっぱいに映し出されていた。
なお、当サイト内において、『球界転生』 だけは、文章の転載をご遠慮ください。既に転載している場合は直ちに削除してください。他は好きにしていいです。
ご協力ありがとうございます。