顔合わせの翌日、「 The Game We are 」のレセプションパーティーが都内のホテルで開催された。ファンミーティングも兼ねていて、各球団のソシオのなかでも上位にランクされる会員から、抽選で選ばれたファンが招待されているのだという。阪神からは、藤本、景浦、藤村、掛布、そして村山の計五人の出席であった。
ホテルに着くと、昨日の手順そのままに用心深く、各チーム一つづつ用意されている控室へ通された。村山はそこで上着を脱ぎネクタイを緩め、出番を待つことにした。はたして長嶋も来ているのか気が気ではない。そんなことなど我関せずとばかりに、景浦は壁の横の大きめのソファーで腕を組んで眠りはじめる。目の前では藤村と掛布が、熱心にバッティングについて語り合っている。
明日から甲子園での合同練習が始まる。四人以外は昨夜の内に移動して、一足先に自主トレを開始しているという。三人の気持ちがわからないでもないが、村山は長嶋ことが頭から離れない。
ぼんやりと藤村と掛布を眺めながら、背格好が似ていることに今更ながら気づいた。プレーが表に出るタイプとそうでないタイプ、好対照な面もあったが、ポジションのサード以外にも、二人のミスタータイガースには案外似ている部分があるのではないか。
長嶋が憧れたのが藤村であり、掛布が憧れたのは長嶋。藤村と掛布は、長嶋を挟んで一つの線で結べる・・・・。村山は舌打ちし首を振った。何をしようとしても、頭の中では長嶋に行きついてしまう。

そうこうしているうちに関係者が現れ、打ち合わせと称し一方的に話し出した。タイムテーブルの表と会場の図、二枚の紙を指し示しながら、時刻と、どちらの方向から、どの順番で会場に出て、困ったら誰の指示を見て、というようなことを続けざまに伝えてくる。そして最後に、現役選手やファンとの直の接触は、会話も含めて控えて欲しい旨要請があった。一瞬、何故そんなことを言うのか判らなかったが、藤本は大きく肯くとこちらを見て、判っているな、と確認してくる。三人は即座にこれに応じ、村山も一呼吸遅れて首を縦に振って見せた。主治医の言った、恐竜を甦らせるプロジェクトのことが思い返されていた。
” 人々の見たいものを見せる。 ”
” その欲望の果てに、我々は今、こうしてここにいる。 ”
恐竜なら頑丈な檻に入れて見世物にするのであろう。ユニフォームを着てグラウンド中にいるわれわれと、それは何が違うというのか。檻の外から恐竜を眺めるのと、観客席から試合を観戦することにもおそらく大差はない。
人間はもう、いつの頃からか現実を見るのに飽きてしまったのかもしれない。街を歩いている時でさえ、人々は小さな機械ばかりに目をやり、現実をそれに備え付けられたレンズを通し切り取ろうとする。大きな波や捲曲の出現を期待する反面、日常につきまとう不規則な起伏から距離を置こうと機械を盾にして、それを介して世の中を点検し言葉を伝え合う。
いつか待ち詫びた波や捲曲がやって来ても、それさえその小さな機械越しに見ようとするのではないか。機械が人の心を殺すとまでは言わない。しかしその小さな機械の中に、心を閉じ込めようとしているのではないか。
野球をやるわれわれの姿は、はたしてそんな人々にどのように映るのであろう。いや、われわれの存在自体が、あくまでバーチャルで、本来ゴーグルを通してしか見ることが叶わぬ幻に過ぎない、そう思っているに違いなかった。
レセプションパーティーは大過なく終わった。
インタビューには各チームの六人の監督、巨人の水原、阪神の藤本、ホークスの鶴岡、ライオンズの三原、そしてセリーグ選抜の原とパリーグ選抜の西本が代表して応じた。そしてファンから選手への質間は、仕込みが用意したものばかりのようであった。
阪神を例にとるなら、掛布に対して縦縞のレプリカユニフォームを来た学生から、誰と対戦したいか、という質問があった。掛布は、 ” 江川と言いたいが、やっぱり沢村さんの球を打ってみたい ” 、と答えてみせる。すると巨人のテーブルにいた江川が、立ち上がって手を横に振り抗議し会場の笑いを誘った。
長嶋は巨人の一員として、監督の水原、沢村の次に現れ、いうまでもなく、誰よりも大きな拍手で迎えられた。すべてのスマホのフラッシュが長嶋に向かって焚かれる。その異様ともいえる状況で、長嶋はこぼれんばかりの笑顔を浮かべ、そして軽くではあるが拳を握り締め、深々と頭を下げた。するとそこに居合わせたすべての人間が立ち上がって拍手を打つ。それはーつの音の塊となって壁という壁にぶつかり反響する。天井が落ち、床が抜けるのではと思われるほど、その光景はまさに圧巻であった。

しかし、長嶋へ司会者が話しかけることも、ファンが質間することもなかった。もともとそこに居合わせた多くの人間は、長嶋が言葉を失ったらしいことを察しているのであろう。そして結果としてそれに駄目が押された。
村山は一度長嶋と目を合わせた。小さく会釈しようとすると、それを制するように、先に長嶋は頬を緩めて合図を送る。村山がそれに応え肯くと、長嶋も肯く。そして長嶋は再び視線を前へと戻した。それっきりであった。しかし充分であった。長嶋が万全であることが伝わってきたのだから、話せない以外は。
本来長嶋に集中すべきファンの巨人への質問は、王が一手に引き受けた。子供からの無邪気な質間には、 ” 必ず毎試合ホームランを打つからね ” と優しく、そして力強く答え約束してみせる。それがレセプションパーティーの大トリを飾り、選手たちは会場を後にした。

宴は無事に終わった。だが綻びがないわけではなかった。関係者たちが凍り付いた瞬間があったからだ。
それは全選手が入場した後、六人の監督が登壇しチームを代表して挨拶と決意を語った。その後、水原、藤本、三原、鶴岡、西本の五人の監督は互いに声を掛け、握手を交わし、束の間ではあるが旧交を温めた。袖に残された原は、その様を見守りバーチャルである五人とは距離を置いた。それはいわばお約束の対応であった。
健闘をたたえ合った五人と原がテーブルに戻ろうとしたその刹那、水原はあろうことか原に向かって歩み寄ると、手を差し出したのだ。強張ったまま直立する原に、笑顔の水原はなおも握手を求めた。水原の気に押された原が、意を決して背筋と腕を伸ばし、そして握手は成立した。
会場を埋め尽くしたファンたちは一斉に響動めき、” 完壁! ”、” まさにリアルとバーチャルの融合!! ”、” いったいどうなっているんだ!? ”と賛辞と驚嘆の声を繰り返した。関係者は蒼ざめ、頭を抱えて恐る恐る周囲を伺ったが、一瞬、間をおいてから発生した大きな拍手が、今起きた光景の意味するところを洗い流したと判断し、遅れまいと手を叩いて何事もなかったようにその渦の中に加わってみせたのであった。
村山は確信した。やはりわれわれは実在してはならないと。そしてそれが自分たちにとってベースになるのだと。
水原の行動に感化されたわけではないが、これからの五試合、自分が野球を通じて何をすべきなのか定まっていくようであった。

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