Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

『球界転生』 #21

 チームメイトと顔合わせする日が来た。待ちに待った日ではあったが、同時に会うのが怖い気もした。戦いが始まることにもそうであるが、決して気の置けるわけではない仲間と一同に会することへの躍踏いもあった。

 

 前日のタ刻、主治医から見事に仕立てられたスーツとネクタイを渡された。紺のスーツのポケットにはサングラスが収められている。ネクタイは黄色地に黒の斜めのストライプが入っていた。特にその渋い黄色が目を引いた。朽葉色とも違う、落ちる直前の銀杏の葉のような見事な黄色である。誰がデザインしたものかなどわかりようはないが、この大会にかける関係者の意気込みが伝わってくるようであった。

 午後になると主治医に付き添われ、エレべーターでホテルの地下へ初めて降りた。その途中で、胸のサングラスをするようにと言われた。自分の存在の秘匿性からかと思ったが、太陽の光に馴染むために時間が必要なのだと言う。会場に着くころには慣れているはずです、と続けた。

 戻りは予定通りなら19時になります、主治医がそう言った。スケジュールの把握に余念がないようだ。村山は大きく肯いてみせてしばしの別れと握手を交わした。主治医はまだまだはじまったばかりですよと笑い、大方の荷物は先に送っておきます、と甲子園の近くのホテルの名を告げた。そして最後までよろしくお願いしますとあらたまるように頭を下げてみせる。

 手配されたタクシーに乗って地上に出た際、確かに午後の日差しだというのに、その弦しさに目がくらんだ。思わずサングラスを深く掛け直した。五分もすると目が慣れだしたのか何も感じなくなった。

 村山は運転手に少し遠回りしてくれないかと頼んだ。生まれも育ちも関西だが、東京にも縁があるのだと呟いてみたが独り言にしかならなかった。できるだけ東京タワーを窓越しで良いから近くで眺めたいと言うと、運転手は気を利かせてくれた。隣に主治医がいたら無理だったかもしれないと思った。

 自分の生きていた頃とはすっかり変わった東京の街並みに目をやりながら、早くチームに馴染みたいとは思うものの、本当はその場に少しでも遅く行きたいと思う自分がいることもわかっていた。



 

 車は都内のホテルの地下の駐車場へと入り、そこから会場へは関係者に先導され向かう。視線にぶつかることはおろか、誰かとすれ違うこともない。あらかじめ道筋を選び、入念にタイミングを取り測っているようであった。

 ホテルに用意された部屋へ続く廊下の途中、まるで自分が新学期の教室へ歩みを進める小学生の、または同窓会に向かう中年男のような気分になった。一度顔合わせさえすれば、それは跡形もなく消える。そこまでわかっているのだが、その躊躇いを持て余さざるを得なかった。

 用意されていたのは、宴会場のー室を区切られて設けられた部屋のようであった。防音の効いた内開きのスティールドアを中央から開けた。

 

 村山が入ると、 ” よっ、エース登場! ” 、藤村が満面の笑みで迎えてくれた。江夏が立ち上がって会釈する、小山も拍手してこちらを見ている。昔の仲間や先輩がそこにいる。みんなお揃いのスーツに身を包んでいる。人並みの感慨が押し寄せ胸の中はすでに一杯であった。

 村山は遠慮がちにあえて脇のテーブルに座った。後ろから ” 村山さん、よろしくお願いします ” と声を掛けてきたのは小林であった。

 後ろの方では、岡田が小刻みに首をかしげながら、 めざとく隅で小さくなっている関川と田村を見つけて揶揄っている。掛布とバースは親しそうに会話を交わしている。英語で話しているのだろうか。みな馴染の顔をみつけてワイワイとやっていた。もう少し早く来ても良かったか、さっそくそう思い始める。われながら現金なものである。

 同窓会というより、始業式後の新しいクラスの方が正しかった。次はクラスを受け持つ担任との初顔合わせである。恐らく藤本はもうすぐやってくる。

 この小さな宴会場を教室に見立てた場合、黒板の位置となる正面の壁に看板が取りつけられていて、そこに、

 と大きく槽書書きされている。どうやらプレシーズントーナメントの正式名称らしい。みんなそのことを初めて知る様子であった。

 

 ” 先輩、あれどういう意味なんや? ”、と藤村が正面を指差し後ろを向いて景浦に話しかける。景浦が、 ” いやぁ、わからんなぁ・・・・ ” と照れ悪いをする。 ” 先輩、大学出てるんでしょ” とやったので、 ” わしゃ中退や ” と返す。

 「わたしらの試合、ってことでええんとちゃいますか、両先輩。

 京都人の吉田が控えめに、そしてはんなりと言う。すると、 ” そりゃええ! ” 、 ” それでいこう! ” 部屋の中で笑い声が響いた。

 

 「そういえば・・・・、長嶋さんが、好きだった映画を思い出しました。

 後ろの小林が呟いた。えっ、と村山は振り返った。一瞬にして小林に視線が集まる。小林は小さく手を振りながらスイマセンと頭を下げた。

 「・・・・大したことじゃないんです・・・・。長嶋さん、バーバラやレッドフォードも好きだったことを思い出してしまって。

 そう言ってまた頭を下げた。

 「・・・・長嶋がつけよったんか?

 藤村が言った。ええっ、とどよめきが起こる。

 「あいつ、喋られへんのとちゃうの?

 小山が割って入る。会場はー瞬にして静まり返った。どうやら銘々、情報を仕入れたうえでここにいるようであった。

 

 

 向かって正面の扉が開いた。藤本が入ってくる。一度立ち止まって周りを見渡し、そして柄にもない清々しい笑顔を浮かべてみせる。みんなが一斉に立ち上がり拍手をして迎えた。

 

 「諸君、帰ってきてくれてありがとう。

 君たちの晴れがましい姿を見て、ー番喜んでいるのは他ならぬ私だ。

 なぜなら君たちを、一人残らず選んだのは、この私だからだ。

 恐らくここにいる全員が、戦を前にして武者震いをしていることであろう、気負いを感じていることであろう。無理もない、それは自然なことだ

 しかし、あえて言おう、敵を、そして己の能力を意識する必要はない。君たちがベストを尽くしさえすれば、敵などいないのだから。

 しかしわれわれの使命とは、試合に勝たない限りなにも達成されない、それもまた事実である。つまり、負けることなど許されない。

 君たちは、そんな柄ではないのであろうが、仮に悩んだとしたらこう問うて欲しい。 ” 失うものはあるのか ” と。

 われわれが今ここにいること、それがすなわちボーナスだ。

 ” 儲けもんやないか!”

 己の力の限り、東京のもんにはできない野球をやってやろうやないか!

 万雷の拍手が起こり、再び立ち上がる。藤本は満足そうにその全員の顔に視線を送る。そして静まるのを待つ。

 「私は君たちの野球人としての能力、そしてそれをプレーにしてみせる誇りを信ずる。

 君たちは自分を信じて、プロとして野球に徹してくれれば良い、君たちを選んだ私を信じるように。

 われわれの最大の敵、それは巨人ではない、あえて言おう、ホークスである。私のこの見立てに間違いはない。

 どんな苦しい試合になろうと、決して諦めない、それだけは約束して欲しい。」

 藤本が睨むように周りを伺う。その迫力に、誰もが押されているようであった。

 

 「必ずやこの私が、君たちを勝利に導く。敵がどこであろうと誰であろうと・・・・。

 必ず勝つ!

 再び会場は拍手に包まれた、そしてそれがやむ気配はなかった。藤本が止める以外には。

 

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