Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

『球界転生』 #20

 その日は19時になっても田淵から電話はなかった。

 もう今日は話すことがないのだろうとベットで横になっていると、赤い腕時計が震え出した。

 

 電話に出ると、田淵がまずは連絡が遅れたことを早口で詫び、そして間髪入れずに言う。

 「とんでもない情報が入って来ました・・・・・。

 一瞬にして身体が強張った。その様を察したのか、田淵はゆっくりとした口調で、 ” 実は、長嶋さんに何かが起きたようなんです ” と言った。

 

 二の句をつげない村山に、田淵は続ける。

 「正確に言えば、何か異常が起こっている・・・・。

 そして ” どうやら甦り方に問題があったようで ” と続けた。

 

 自分がそうであるが死んだ人間を生き返らせたり、田淵のように年老いた人間を若返らせたりを力技でするのだから、そうそうすんなりといくわけがないのであろう。そこはわかるのだが、よりによってと村山は絶句していた。田淵からも電話を通してショックが伝わってくる。

 

 長嶋の詳細はまだわからないが、” 言葉を失っているようだ ” という。田淵の協力者が取材を重ねた限りでは、と前置きしてのことであったが。

 

 「長嶋さん、・・・・喋れないのか?

 「・・・・恐らく・・・・。

 村山は目の前が真っ暗になるようであった。長嶋の復活を持ち望むファンの落胆を思うと、言葉が出ない。



 

 しばらく互いに沈黙した後、田淵が、

 長嶋さん、亡くなるまでの二十年以上もの間、ずっと脳梗塞と闘っておられました 。」

 と言った。98年にこの世を去った村山には、初めて聞く話であった。

 しかも長嶋が亡くなったのはほんの半年ほど前であり、まだ時間が経ってなかったことも影響しているのでは、憶測の域は出ませんがと断ったうえで田淵は私見を告げた。

 おそらく、プレシーズンマッチの日程の発表が遅れているのもそのせいであろう。主役に問題が生じているのでは始まらない。村山がそう案じた時、 ” だけど開幕についてですが、どうやら二十日後で決まったようなんです ”、と田淵が言う。以心伝心であった。

 「えっ・・・・、じゃあ・・・・。

 混乱した村山が、頭の整理を図ろうとしていると、そこも先回りするように、” いいえ、長嶋さんが喋れるようになったという情報はありません。でも、このまま延期を繰り返していたら、今年の公式戦への影響が出る。なので強行したのだと思います ”、と言う。

 「・・・・もしかしたら・・・・。

 「ええ・・・・、おそらく長嶋さん、プレーには影響がないのではないか。だから見切り発車を掛けた。

 田淵の一連の推察を聞かされてなお、村山は黙る外なかった。仮にプレーに影響が出なくとも、長嶋の声を、言葉を、多くのファンは望み、待ちわびていることであろう。

 それはファンだけではなく、メディアも同様である。影響は計り知れない。

 

 「前向きに考えるしかないですよ。われわれは野球ができたらそれでいいわけですから。

 まさに村山の中で形になりつつあったことを、また田淵に先を越されてしまった。

 

 

 

 「長嶋さんについては以上です。

 それと、一週間後に全選手がー同に会する顔合わせがあります。そしてそこからは、基本、チームとして行動することになります。よろしくお願いします。

 つきまして、今回チームメイトとなる全選手の名簿をようやく手に入れましたので連携しておきます。すべて藤本さんが選んだものです。

 ついに仲間たちを識る時がきたのだと、村山の内裡に緊張が走った。

 





 文句はなかった。

 まさに甦って戦うに相応しい布陣。

 田村と関川の名には驚いたが、藤本らしい人選であった。

 田村は左の絶対的なワンポイント、関川は捕手の控えと外野の守備固めもこなせ、代走の切り札にもなるユーティリティ。



 

 「顔合わせの次の日にはレセプションがあります。そこにムラさんは声が掛かるのではないでしようか。あらためてよろしくお願いします。

 ー転、明るく振舞うように田淵が言ってくる。声自体は弾んでいた。ようやく野球ができる、その思いがそうさせているのであろう。自分にしたところで気持ちが軽くなっていくのがわかった。 

 もしかしたら長嶋も、同じように野球ができることに喜びを感じているに違いない、村山は努めてそう思おうとした。だが、もし長嶋が完璧な状態で甦っていたなら、どうしてもそこに思いを馳せてしまうのであった。

 

 

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