「村山よ、投手にとっての ”格” とはなんや?」
鶴岡がゆっくりとした口調で言った。いよいよ核心に迫ろうという思いがこちらにも伝わって来た。
「勝ち星ですか。」
あくまで一般論としてまずは答えた。すると ” 勝ち星なぁ・・・ " とだけ言って、また目を瞑って黙った。
ひとしきり考え込むと一転、鶴岡が笑顔を作ってしゃべり掛けてくる。
「たとえば金田のようにチームが勝ちそうになると出て行って、それで最多勝を獲るというのはどうなんや・・・・?
重ねた勝ち星だけで投手を語れるか?」
「内容ですか・・・・?」
「そういうことやろな。ならばおそらくは防御率になる、投手の ” 格 ” っていうものはな。
おまえは防御率がいつもええ。 ” 格 ” が高い投手やと思う。」
村山は少し照れ臭くなり、 ” 一点に抑えても勝てないときもあります ” と言ってみた。
「それでも十分に価値はある。新人の頃から一度も三点台に落ちたことがないやないか・・・・。一昨年の防御率が1.2。今年悪いと言われても2.79。
藤本さんもおまえがマウンドに上がれば試合が運びやすいやろう。
監督にとって試合が読める、それがなにより有難い。防御率とはつまり期待値ということや。」
他チームの選手の数字をスラスラ言える鶴岡に驚いていた。同時に誉められて嬉しかったが、とても鶴岡の手のひらで泳いでみせる気にはなれなかった。

「投手は防御率ってことでええやろ。じゃぁ打者はなんや・・・・?
打者もそんな風に、わかりやすく ” 格 ” を示すものがあれば、なぁ。」
こちらについても投手の自分に答えを求めているようであった。 ”ホームラン、打率・・・・” 思いつくままに並べてみる。
「あれはしょせんは華や艶に過ぎん。つまりは飾りやで・・・・。
打者の ” 格 ” というのは難しい。」
さらに村山に詰め寄った。
「打順はどうですか。立派な ” 格 ” じゃないですか?」
” 三番、四番なぁ ”、そういって鶴岡は乾いた声で笑う。そして、 ”でもなぁ、あれも意味はないで、三原さんの言う二番が最強打者というのんも、あながち間違いではない。いきなり一番に長距離打者を置くのもええ。一番打席が回るわけやし ” と矢継ぎ早にまくし立てた。
さらに鶴岡が言うには、打者の場合、100打点を稼ぐような強打者であっても、毎試合点を取ってくれるとは限らない。バカ試合での荒稼ぎや、均衡する試合が崩れてからのダメ押しも、これまたあまり意味はない。好投手が相手を一点に抑えて、その結果 1-0 で負ける方が価値は高いといえないか。監督としてはそう思える。
だが打者からすれば打点にヒットやホームランは新聞にも載る。それらはお飾りにすぎないのに、そこで自分の実力を見誤る。逆に投手には敗戦が記録されるが、防御率はしっかり下がる。
鶴岡の考え方は、勝利を中心に同心円を描き、いかにその内側で踏み止まるかに重きを置いているように思えた。それゆえ投手力が最重要となり自然依存度は上がる。打者が勝利に絡むには、よほど抜きん出た実力と巡り合わせや再現性が必要になるのではないか。
常に一番勝率の高いチームを目指すためには、鶴岡の言うように勝利への過程を突き詰め、その条件を細かく精査しなければならないのかもしれない。藤本からも似たような話を聞かされたことはあったが、ここまでロジカルではなかった。村山は不思議な勝ちがあるように、負けに不思議があっても良いと思っている。
「現実的な話、打者は出塁率や出塁数の方があてになるのかもしれんな。」
そう言ってから、鶴岡はあらたまるように村山に問うた、 ” 投手っちゅうもんは、どこまで出塁率を意識しているんや? ” と。
「いや、やはり打率やホームラン数に意識が行きますね。」
村山が素直にそう答えると、ひとしきり肯いてから、 ” ベンチを預かるもんとしては、実は出塁率を頼りにして采配している面はある。 しかしや、ここ一番ではこれもまた違ってくる。ランナーに出たところで試合は決められへん ” そう締めて満足したのか大きな仕草で腕を組んでみせた。
打者にも投手の防御率のような、はっきり期待値と言い切れる指標はないのか、鶴岡はそこについて思いを巡らせているのであった。もしそういうものがあるとすれば、すなわちそれこそが ” 格 ” ではないのかと。
” 格 ” の高い打者とはつまり、もっとも期待できる打者を意味するのかもしれない。ならば間違いなくそれをを示す指標はあるはずだ。しかしそれをはっきりと意識し把握することは、監督でも困難を究める。
「しょせん打者は打っても三割や。七割は失敗・・・・。それでも ” 格 ” というものはある。大仕事をするしないはそこで決まる。だというのに掴み切れん。
もしかすると商売で野球をやってるわしらよりも、むしろ客の方がそこについては判ってるかもしれへんな。」
鶴岡は一瞬微笑むと、すっと真顔に変わり、
「打者の ” 格 ” とは人気なんかもな 。」
静かな口調でそう結論付けた。

もし野村が巨人の選手だったら、今のように巨人へ人気が集まるだろうか。逆に長嶋が南海だったら、少なくとも阪神以上の人気チームになったのではないか。鶴岡は村山を試すように言う。答えに窮した村山は、唸るだけしかできない。
「野村はなぁ、初球から行きよるんや。そこが歯がゆいことろでもある。大舞台ではそこを突かれる。」
珍しく目をぎらつかせて言う。ようやく酔いが回ってきたのか。
「長嶋は追い込まれても、何というか、強いというか、決め球を狙ってくるようなところがありますね。勝負を決めるというより、試合の終盤に強い印象もあります。
逆に王は案外淡白ですよ。」
村山はONについて感じているまま正直に言った。しかしそれで手の内がなくなってしまい、少し心細くなった。
「長嶋や王はな、チャンスで初球から打ちに行って、それでゲッツーでも・・・、それでも川上を黙らせるものがあるんや。そして観客を納得させるところもな。」
少し大きな声でそう言ってから、小さく ’’ いったいその差はなんなんや・・・・ ’’ そう呻くように呟くと、鶴岡は再び黙った。

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