昭和38年の暮れのことである。大阪のラジオ局の番組の中で、村山は鶴岡と対談することとなった。本来監督どうしで企画されたものであったが、藤本が直前に体調が悪くなったと辞退したことで急遽村山にお鉢が回ってきた。
大阪の街も五輪開催と新幹線開通を翌年に控え湧いてはいた。だがしょせんは東京での話と、少しシラケた空気がないわけではなかった。東京一極集中を止めるものはもはやなにもない。その流れは球界にも及び、すでに戦力では頭一つ抜き出た巨人が黄金時代の足場を固めつつあった。
村山はその年、開幕から腱鞘炎が悪化しシーズンの半分を治療に要した。規定登板回数を初めて下回り、先月行われた契約更改では大幅な減俸を言い渡されてもいた。
成績不振にあえぐ自分がなぜ球団を代表して鶴岡との対談に呼ばれたのか、村山にはよくわからないままであった。後になって藤本のキャンセルを知った鶴岡が、自分を指名したと知るのであったが、仮に満足な活躍をしたとしても一介の選手が関西球界の重鎮と向き合うのは気が重かった。
局へ行くと、打ち合わせの場に鶴岡の姿はなく、村山は一人で対談の段取りを訊くこととなった。きっと藤本の代役が若造の自分で気に入らないのではないか、不安になった村山がそれを口にすると、スタッフのなかの古株のー人が鶴岡さんはいつもそうなんやと苦笑した。
その局はシーズン中に南海戦をよく中継するため、鶴岡も特に懇意にしている。主役が一向に現れなくとも、普段の行動パターンについては熟知しているのか意に介する気配はなかった。
対談の直前になってようやく鶴岡が現れた。立ち上がって挨拶をする村山に対し小さく両手を合わせ少し申し訳なさそうにすると、何もなかったようにテーブルを挟んで村山の前にどかりと腰掛けた。
「型どおりの対談なんてつまらんやろ。打ち合わちゅうもんは話をつまらなくする。同じことは二度喋らんもんや。値打ちが下がりよる。」
独り言のように持論を繰り返し腕を組んた。

はたして対談はつまらないものに終わった。すくなくとも村山にはそう思えた。
テーマが終始、球界の盟主巨人に在阪の名門二チームが喰い下がれるかであり、村山にはペナントで長嶋、王を抑え優勝するにはどうすればいいのか、鶴岡には日本シリーズで巨人を迎え討つこととなったらどんな戦法で挑むのか、そんな質問ばかりであった。
つまりはじめから、ここにはいない巨人について二人に語らせようとする対談だった。一応全国にも流れるらしいので、お互いに途中から仕方ないと諦め合っていた。
対談が終わると鶴岡が少し付き合え、一杯行くかと村山を誘った。村山が笑顔で肯くと、 ” 仕切りは東京の奴やったな、参った参った ” 早速そう嘆いて見せた。
たしかに番組中に裏から指示を出す男の話し方は、実にスマートであった。しかし慇懃無礼な面が透けて見えた。きっとその男がこの対談のシナリオを描いたのであろう。
放送局を出ると、どこからともなく出て来たタクシーが静かに横付けする。二人が乗り込むと何も言わずに車は走り出し、あっという間に着いた先はこじんまりとした料亭であった。鶴岡の馴染の店なのだろうか、女将が二人を迎え、そそくさと自ら離れの座敷へと案内してくれた。
鶴岡はラジオ局でもそうしたように、再び立ち尽くす村山の目の前に勢いよく座った。こんどは座布団の上だった。そして懐から煙草を出すと、見事な板目のテーブルの上に用意されていたマッチを手慣れたてつきで擦り美味そうに煙草を吸った。
「巨人の話ばっかりやったな。まぁ判らんでもないが・・・・ 。」
「ええ。」
村山は型通り頭を掻いてみせた。
「全国放送らしいから我慢やな。」
鶴岡はそう言って笑った。その目は怒っているのか困っているのか愉しんでいるのか、よくわからなかった。
女将がやって来て徳利とお猪口を二つ、黙って置くと少し村山に笑ってみせて去っていった。鶴岡は女将の後姿を眺めながら、 ” 君はいつも長嶋や王を相手にせないかんから大変や ” と少し同情するように言う。 ” ああいう選手が一人でいいから、味方にいたらと思いますね ” と返すと、 ” 確かに ” とだけ呟き、鶴岡はまだ長い煙草を灰皿に押し付けた。
「南海には野村さんがいる。ホームランバッターが味方にいるのは大きいですね。」
よいしょを込めて言ってみた。
「野村はワシが、いや、南海が生んだ最高のバッターや。」
鶴岡が二本目の煙草に火をつけた。村山はわかっていますと相槌を打った
「しかし届かん・・・・。長嶋、王には。」
「えっ・・・・、 あれだけホームランを打っても?」
「それでもや 。」
鶴岡は小さく肯くと、どこか遠くを見ているようだった。
”野村を長嶋と並び立つ打者にする、だから君も長嶋に負けるなよ”
鶴岡はそう言ってくるものだと村山は思っていた。

「何が届かんのですか?」
思ったことをそのまま言葉にしてみた。
「・・・・何が・・・・ 」
鶴岡をそういって、目を閉じると考えこんだ。
「実はずっと考えてる、ずっとや・・・・。
もしかしたらそれこそが、ワシの野球人生の答えのような気がしてな、少し怖いぐらいや。こう見えても小心者なんやで・・・・。
こんなことに気付くやなんて、ワシはもう長くないんやないかってな。」
そういって嘆くように天井を仰ぐ。芝居がかってはいたが、確かに困っているようである。” まだまだこれからですよ ” そう言ってお酌をするのが村山には精一杯であった。
その一献で徳利はほとんど空になった。めざとく鶴岡がそれに気付くと、 ” おーい ” と部屋の奥に向かって声を上げた。女将はすぐにお代わりを持ってやって来る。しかしそれには手を付けようとせず、しばらく黙ってテーブルの前のお猪口に視線を注ぎ続けた。
「・・・・長嶋、王・・・・。」
二人の名を鶴岡は捻るよう呟く。
「巨人に二人が揃ってしまった。」
村山がそう言うと、 ” そうじゃない、そうじゃないんや、一人でも違う ” 鶴岡は首を振った。
” おまえがあの二人と、そして野村を同じ試合で打席に迎えたら、きっと気付くはずなんやけどな ” そう言って笑う様がすこし哀しそうに映った。

沈黙がまたしばらく続き、しびれを切らせた村山が ”野村さんは日本シリーズや大舞台では打ちませんね” と振ってみた。すると ” いや、野村は勝負強いんやで ”と返ってきた。
「マークが集中するから打てないのでは?」
「確かにそうや。だが、それだけではない。」
鶴岡は静かにそう言った。酒はまだ回っていないようだった。
「あの二人にあって、野村にはないものがある・・・・。
あの二人にしかないものと言ってもええな。」
じっと村山の目を見ていた。村山はその気に押されて何も言えなかった。
「人がそうであるように、選手にも "格" というものがある。」
そう言うと、鶴岡は少し冷めかけた熱燗を手元のお猪口に注ぐと一気に飲み干した。
なにか恐ろしい話が待っているような気がして、村山は黙る以外になかった。
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