「恐竜を甦らせるようなプロジェクトもあるそうですから」
あまりにあっけらかんと主治医が言うので、村山もつられて笑ってしまった。
” しょせんは見世物やで。”
言葉にはしなかったが心底そう思った。
なぜ死んだ自分を生き返らせたのか、そのあたりの話になるといつも歯切れが悪くなった。恐竜うんぬんの切り返しなどは上手い方である。脈拍や血圧、体温などの数値こそが気になるのだ、そういう素振りで寄せ付けないこともある。一介の医者には言えないことばかりなのだろう。
真剣にこちらの体調管理に専念したいという気持ちには感謝しているし、あの世から目覚めたその日に一通りの説明も受けてはいる。だがそれで大人しくしてろというのはどだい無理な話であった。
もう一度野球をすることはわかっている。
だが誰と、どこで、相手は・・・・、そしてなんのために?
依然見えないままである。
村山はまるで一向に開かない摺りガラスの扉の前で立ち尽くしているような気分であった。

あれから十日ほどが経ったであろうある日のタ方、村山はいつものように主治医と階下の施設内にあるジムへ向かった。ひとしきりトレーニングを行った後シャワーを浴びて着替えようとドレッシングルームのロッカーを開けた。すると身に覚えのない腕時計が紛れ込んでいることに気付いた。思わず左腕にしている時計に目が行った。
主治医からは常に腕時計をするように言われている。それは風呂の中てもベットに入っても同様である。おそらく自分の身体に関するあらゆる数値が、腕にしている時計を通じて主治医どころか自分を甦らせた人々の元にまで届いているのであろう。
シリコン製のバンドが時計を覆うケースと一体になっている以外は、取り立てて捻りのないデザイン。そこがむしろ新しいのだろうか。全体は黒一色で、まるでひと昔前の安物のスパイ映画の主人公が腕にしている、そんな表現がぴったりの時計であった。
それとまったく同じ形で、ベルトが赤の色違いと思われるものがロッカーの中に紛れて置かれていた。盤面は電池が切れたように真っ暗である。そこも肌身離さず腕にしている黒の腕時計と同じである。そして赤いバンドの内側に細い付箋が貼ってあり、
”19時に電話をします”
とだけ書いてあった。

何食わぬ顔で部屋に戻れば、いつものようにタ食が用意されているはずだ。それを食べてから一時間ほどで主治医による検診や力ウンセリングが始まり、それが終わるのが18時半。後は基本寝るまで自由時間である。
” おまえのスケジュールは折り込んでいる。”
相手はそう言っているように思われた。
自分と話をしたがっているもの好きがいる。何をするにも持て余し始めた頃だったので良い刺激になると、赤色の腕時計を握りしめてポケットに収めた。騙すならばもっと上手に騙すだろう。逆に信じてみる気になった。
主治医から血圧と脈拍がいつもより高いと指摘され、少し焦った。深く深呼吸することでいつもの数値に戻した。今夜は普段より早めに就寝するよう釘を刺されたが上の空であった。
果たして19時に電話は鳴るのか、この三十分間、甦ってからもっとも長く感じることになるのであろう。
赤の腕時計をベットのヘツドボードに埋め込まれた時計の横にある棚の上に置いた。そして時間までその双方を脱み続けることにした。
開かずの扉に鍵があるとすれば、それはきっとこの腕時計なのであろう。

感想、意見、ツッコミなどがございましたら、X(旧Twitter) @HakudouMeifu までお願いいたします!
なお、当サイト内において、『球界転生』 だけは、文章の転載をご遠慮ください。既に転載している場合は直ちに削除してください。他は好きにしていいです。
ご協力ありがとうございます。