昭和50年の春、あの男が監督になった年のことである。キャンプ地はベロビーチであった。
村山はどうしても新しくなる巨人が見たくて、専属契約を結んでいた新聞社に無理を覚悟で視察へ行きたいと願い出た。するとそれは案外簡単に了承を取りつけた。もちろん巨人を持ち上げる提灯記事を書くことが条件ではあったが。
宿命のライバルが新生長嶋巨人にエールを送る。
そんなトーンで記事にして欲しいとのことであった。はいはいわかってますよ、村山は二つ字返事で引き受けた。

宿命のライバル・・・・。
二人の関係性を語るうえでもうーつの枕詞でもある天覧試合は、もはやスポーツの枠を超え後世に渡り長く語り継がれるであろう寓話であり、戦後、経済大国へと生まれ変わろうとする日本を象徴するエピソードとなった。
陛下がお帰りになられる直前に飛び出した長嶋のサヨナラホームラン、出来過ぎと言って良かったが、あのホームランをーつの作品だと見立てた場合、それは長嶋だけのものであろうか。そうではない。間違いなく村山との合作である。同時に巨人と阪神にとって、かけがいのない財産となった。
しかしてあれは必然であったのだろうか?
もし指先のふとした加減の誤りが生んだ偶然の産物だとしたらどうか。この観点であのホームランを語れるのは自分だけに与えられた特権であり、 それこそが村山を別誂えの選手とする証でもあった。
けだし、あのホームランは偶然ではなく必然であった。
なぜなら長嶋と村山、ニ人の関係は宿命である、それが答えだ。
少なくともあのホームランは、村山に巨人へ対峙するリアリティを与えた。偶然を必然に、いや宿命へと昇華させる、村山が長嶋に立ち向かった14年間とは、まさしくそのための闘いであった。

ユニフォームを脱いだ直後、村山はまるで永い旅から帰ったような心持ちになった。なにもかもが止まったままであったのか、それとも放置されていたのか区別がつかない。元の自分がなんだったのか、それすら判らなくなっていた。もうそんなことはどうでも良いような気さえする始末であった。
そして少しずつではあるが、自分が誰であったのかを思い出し始めた矢先、今度は長嶋が引退をした。新しい状況が生まれたことにより、旧い記憶との間に壁が立てられた。
やがてあの試合も物語へと変わっていくのであろうか?
もしあの試合を物語のなかのーつだとするのなら、最後の一球を自分の不注意によって投じられた偶然の産物としていいかもしれない。自分と長嶋の関係についても、時間の堆積がより慎重に、そして正しい注釈を与えることになるのであろう。だがあの試合のなにもかもを物語の中に塗り込めてしまえるかというと、そこまでの勇気は村山にはなかった。
なによりも二人の宿命が、それを許すとは思えなかった。

ベロビーチの光景は、いろんな意味で村山にとって驚きの連続であった。予想していたとはいえ、大リーグと日本の野球との差を痛感させられた。
一言で表わすなら今回の合同キャンプの相手であるドジャースの選手たちは、フィジカル、フィットネスの両面で巨人の選手を上回っている。スピード、肩の強さ、スイングの鋭さは、日本のプロ野球が逆立ちしても敵わないレベルであった。
またキャンプ自体のテンポがよく、次から次へと練習の内容を自在に変えられることにも目を奪われた。ボールや用具の数だけではなく、バッティングケージやL字ネットといった備品までもが、日本のキャンプ地に用意されるものの何倍にも上る。裏方の人数も倍ではすまない。彼らがキャンプの運行を間違いなく支えていた。

巨人の選手たちも戸惑っているようではあったが、皆必死についていこうとしている。目の前の結果には結び付かなくとも、間違いなくチームとして良い経験を積んでいると感じた。
球界の盟主を自負する巨人が身をやつし、 ドジャースに喰らいく。その姿はある意味村山にとって新鮮であった。四苦八苦する巨人の選手たちの気持ちが、たちまちのうちに我が事として胸に浸み入る。どうかドジャースの練習に、彼らがついていけるようにと祈っていた。なにより巨人を日本のチームとして、こちら側で一括りにできることが村山には嬉しかったのかもしれない。
そう思い返してグラウンドを眺めると、中継や連携プレーへの理解、グラブ捌きや、バットのヘッドの扱いはこちらに分があった。スピードにおいても、最初の五歩までなら巨人の選手の方が速かった。はたして盗塁をさせたら成功するのはどちらであろうか。
打って三塁まで走らせれば勝負にはならないが、一塁への到達ならこちらが速いのではないか。ストレートも変化球も、同じフォームで投げられるのは巨人の投手たちの方であった。120m飛ばさなければホームランにならないのではない、ポール際を狙えば、90mそこそこでも柵を超える。
半日もすれば、局面局面でメジャーリーガーたちと戦える箇所を見出し指差すことができた。村山は自分の心が躍っているのが判った。
長嶋が日本の野球を変える。日本の野球のレベルは長嶋巨人のこの挑戦によって間違いなく引き上げられる。五年や十年では無理かもしれないが、二十年後、それは必ずわれわれの知るところとなるであろう。村山の耳に、長嶋が監督になってなお、日本の野球を建て直そうとするその槌音が聴こえてくるようであった。

近い将来、長嶋の意気を継いだ選手が海を渡り、日本の野球のレベルの高さを証明してみせる。そしていずれはフィジカル、フィットネス両面でメジャーリーガーたちを凌駕するような日本人が現われる。
その男がGの帽子を被っていようが縦縞のユニフォームを着ていようがそうでなかろうが構わない。そんなことは大したことではない。必ずやMLBを席巻する日本人選手の姿を、野球ファンたちはこの目にするであろう。その思いは村山の内裡でーつの確信へと変わった。

そもそも日本人のプロ野球選手で、初めて大リーグのチームを捻じ伏せ完封勝利を上げたのは他ならぬ自分であったではないか。村山は今、心から新生長嶋ジャイアンツにエールを送りたいと思った。この地で泥だらけになる巨人の選手たちが誇らしかった。
フロリダの空は村山の心を映し出すように澄み、そしてどこまでも高かった。

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