Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

『球界転生』 #6

 これほどまで眩い光を浴びたのは初めてであった。

 満面の笑みを浮かべた自分の姿が、おそらくカメラに収められテレビを通じてお茶の間に流れていくのであろう。

 国政選挙に初当選したかのような破格の扱い。それも激戦の選挙区での。

 吉田が勝つか、それとも村山か。その日の朝、駅売りのスポーツ新聞は一紙を除いてすべて村山新監督誕生とー面で見出しを打った。だが裏が取れたわけではなく、紙面が売れる方へと、いわば賭けに出たのだ。

 そのせいであろうか、午後の監督就任会見で、新監督を雛段に迎え入れる多くの記者の笑顔には安堵だけではなく疲労の跡が添えられていた。村山はそのーつーつに丁寧に視線を合わせ頭を下げる。ところどころ睨みつけるような眼差しにもぶつかった。サンケイの記者たちであった。

 

 時代は青年監督を求めていた。

 中西、野村、稲尾と来て、ついにその流れに阪神も乗った。

 どの球団にでもできうることではない。自他ともに許す、いや、世間が認めるスター選手がいてこそのことなのだ。

 セリーグ六球団の中で、どこよりも早く、初めて阪神がそれを輩出するに至った。村山以上に阪神にとって名誉で、そして意義のあることであった。

 

 村山が一通り挨拶を述べ、その後に監督としての抱負を訊かれる流れである。決して難しい作業でない。指名された馴染の数名の記者を相手に質疑を熟していく。むしろそれは型どおりの対応といえた。

 いつもの取材でのやりとりをより丁寧に、時に芝居仕立てに抑揚をつけ、それをサクラの混じった見物人の前でやるのである。手元に用意されたものは原稿というよりも台本。自分はアナウンサーではなく役者なのだと言い聞かせ、村山は精一杯新監督を演じてみせた。

 

 球団と取り決めていた段取りの間答をほぼ終え、会見は終盤に差し掛かった。村山の話した内容の多くは、青年監督によって生まれ変わるであろう阪神像で占められていた。新しいチームの船出に必要とされるのはイメージであって、決して現実を語ることではない。

 すでに当初設けられた時間は越えようとしている。話をしているだけだというのに、首筋に汗が伝ったのがわかった。記者の数は普段の倍以上。季節は秋であったが、急遽空調を稼働させた。だがそこにある熱気が収まる気配はない。

 会場を覆うのはまだ訊き足りない、満足できないという空気。素の村山を見せろ、そう催促しているのである。

 

 予定調和とは、乱されるためにあるものかもしれない。誰かが横やりを入れるように口火を切った。

 「ライバル巨人とどう戦うのですか?」

 立ち上がったのは見慣れない男であった。東京から来たらしいサンケイ系の記者であろうか。

 ここまで巨人について訊かれることはなかった。これからの阪神の姿にだけフォーカスを当てるよう、球団から予めお願いをしていたからだ。雛壇の並びにー瞬緊張が走る。場の雰囲気を和やかにするのも、新監督である自分の役目である。村山は心得ているとばかりに口を開いた。

 「自分は監督としても投手としても、その先頭に立つ覚悟です」

 村山は若い指揮官らしくそう答え、そして、”巨人の連覇には必ずこの手で終止符を打ちます”、勇しくそう続けた。

 そこまでは良かった、そこまでは。

 

 「では巨人に勝つために、何が必要だと思われますか?」

 件の記者が追い打ちをかけた。

 村山は少し黙った。考える時間が欲しいというわけではなかったが、会見の潮目が明らかに変わろうとしていることに戸惑ったのだ。冒頭から一本調子で繰り返してきた覚悟や決意に、想定される敵はいない。そこへ巨人の存在が持ち出された。そうである以上、ここまで語ってきた内容との整合性も間われることとなるのであろう。

 さらにその宿敵に勝つために何が必要かと問う。村山からすれば、伝えたいことなど山ほどもある。ファンがー番望んでいるのは巨人に勝つだけではダメで、勝ち続けなければならないことだと。そこは痛いほどわかっている。しかし巨人は戦力的に抜きん出た強大な組織である。相手がいる以上、夢ばかりを語るわけにはいかない。

 

 「・・・・、僕はね、巨人と比べると、阪神はやっぱり十年は遅れていると思う。だからこそ球団と選手が一緒になって力を合わせる。それができれば、必ず追いつき、巨人を追い越せる」

 村山は静かに答えてみせた。

 対巨人についてこれで締めくくれる、そう思った。

 事前に用意されていた問答ではなかっただけに、それはすなわち村山の本音でもあった。

 

 村山のその言葉によって、それまでは隣で終始笑顔であった球団代表の戸沢の表情が一瞬にして凍りついたことに、まだ33歳の青年監督は気付かなかった。

 

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