Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

令和のON

 大きく出たな、

 そう思われた方が多いのではないか。言うまでもなく輝と森下である。

 おいおい山田、村上には遠く及ばないのによく言うぜ、

 そう切り捨てられたら確かにそうだ。

 共に好不調の波が激しいので、タイトルをいくつも重ねたヤクルトの二人との比較は厳しい。とはいうものの、アイブラック兄弟は虎にとって待望久しい二門の大砲。勢い勇んでそう言いたくなるこちらの気持ちもご理解いただきたい。

 まずは今年、輝が本塁打王、そして森下が打点王を獲れば、その資格は出てくるのではないか。

 

 

 というわけで気の早い話だが、ONとはいわないまでも、輝、森下が過去のどのデュオに似ているのか考えることにしてみた。

 

 以上、ONに近かった、そう思われるコンビを抽出した、つもりです。

 なお、西武の中村剛と浅村は何度もタイトルを重ねるなど実績は十分だがリーグ優勝がなく、かつ張本 - 大杉ほどの成績でもないので次点。

 中田翔、大谷からなるコンビもエンタメ的には文句ないが、大谷の打者としての実働数を考慮して選外。

 果たして輝 - 森下はどのコンビに似ているのか、一長一短、よくはわかりませんが、あと数年で本人たちが希望するようにMLBへ流出するとなれば、丸 - 誠也が迎えた終焉を不本意ではあるが辿ることとなる。これについては後日じっくりと書きたい。

 

 表を眺めていて何点か気づきがあったので記しておく。

 まず、令和のONと思われた松中 - 小久保、そして巨人の松井 - 由伸以降、 松田 - 柳田まで十年以上にわたって両雄並び立つコンビが現れなかった点をどう見るかである。

 06年と09年のWBC、04年と08年の五輪を振り返っても、当時の日本代表の火力不足はいかんともしがたく、あの頃のNPBには真のスラッガーがいなかったように思う。というかあの頃までは、プロによるガチの国際試合がなかったので、世界に通じる真の主砲が何たるものか判っておらず、結果、国内限定のスラッガーばかりであったともいえる。

 誰もかれも国際球になるとさっぱり打球が飛ばなくなったし、ニューヨーカ一松井の不参加も大きかった。

 またスモールベースボールが流行り過ぎて、それを右投げ左打ちの好打者がワラワラと溢れては後押ししていた印象もある。

 待望の和製大砲と目された中田翔の度重なるビルドアップ失敗や札幌ドーム、統ー球などの不幸が伸び盛りの二十代前半と重なったのも痛かった。

 まぁこのあたりについても、いずれ突っ込んでやります。

 

 もう一点気づきがあったとするなら、スラッガーを育てるには環境こそが大切だとしみじみ。

 ONを育てたのはなんといっても両翼84mの後楽園だし、張本 - 大杉の東京球場の狭さは驚異的だったらしい。また浩二の広島県営球場、秋山 - 清原の西武球場も今にしてみれば箱庭でしかない。

 そして今世紀に入っても、柳田を育て松田の快打を補ったのもテラスというわけ。

 それだけにもし小久保、松中時代にテラスを作っていれば、ある意味あの二人は伝説の域に達したと思うがどうか。

 まぁ晩年のダイエーにテラスを造るような、また小久保を引き留めるような金はなかったがな。そこも含めて広義としての環境なのだということ。

 回りくどくなったが、私が何を言いたいのか、阪神ファンの貴方には判るよね!

 

 本日は以上です。

 

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