Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

年末賞レース

 昨日、今年の「M1」が無事に終わりました。ご覧になられた方も多かったのではないでしょうか。


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 基本地上波のテレビは視ない主義ですが、「M1」は例外として視ます。同様に大晦日から年明けにやってる「面白荘」も。

 妻と娘と三人でどちらも録画して一呼吸おいてから観る。そこに何を探すのかと言えば、お笑いから ”今” を確かめたい、そのために視るって感じでしょうか。

 最新の流行なら、通勤電車に乗ってさえいればある程度判る気がします。若い子のファッションやスマホで何をやっているかなど、それらを観察することで。

 お笑いや音楽などはさすがに電車の中だけでは無理。かといって地上波のテレビは絶対に視たくない。音楽はどうでもええので、お笑いだけは、って感じですかね。なので「M1」を視る時は、いつも山から降りて来た気分です。

 年に一度、「M1」を視ることで令和の世のお笑いを定点CHKする。世代の差は確かにあるのでしょうが、音楽やドラマなどの芸能一般よりは少ないはず、そんな仮説に基づいてわざわざ険しい山道を下るわけです。

 

 恐らくだからなのでしょう、ああやっぱり変わらないな、そう感じることが多いですね。もちろんバイアス掛かってます。

 音楽を聴いてもドラマを視ても、似たようなもんなのかもしれません。そこは食わず嫌いと言われると返す言葉はありません。

 

 以前、お笑いには三つのパターンがある、と書きました。”体育会系””文化部系””教室系”。いずれも学生時代を背景にしていることは言うまでもありません。

tilleternity.hatenablog.jp

 

 さしずめ今年ファイナルに残った三組、「令和ロマン」は体育会系と教室系のミックス。「バッテリィズ」は体育会系、「真空ジェシカ」は文化部系でしょうか。

 「真空ジェシカ」を評した審査員の一人が、学生時代のサークル活動などの体験をそのままネタに込めている、みたいな内容のことを言っていました。

 また「令和ロマン」の連覇を事実上決めた一本目は教室ネタでしたね。

 毎年、決勝に残った9組のパフォーマンスや敗者復活戦を眺めながら、知らず知らずのうちに先の三パターンへ分類している自分がいる・・・・。

 昨日の夜もいましたよ、そいつ。

 嫁や娘からは、ちいさいことにいちいちうるさいと叱られました、ええ。

 でもね、結果ほぼ分類できたような気もするのです。どのコンビも、なんだかんだ言いながら楽しかった学生時代の思い出を糧にしてお笑いの道を邁進している、そんな感じが凄くした。わかるような気がします。



 

 上の記事の中で平成の吉本を支配した「ダウンタウン」を、帰宅部の笑いだと書いた。

 コンビを組む二人が学生時代を、正確に言えば学校生活を楽しめたようには思えないから。別に本人たちがどうこうではなくて時代が悪かった。

 私自身、二人とは同じ学区出身なのでわかるのですが、あの当時の尼崎で、中・高校時代を平和に過ごそうとするにも、お笑いとかそういう能力だけでは無理・・・・。

 また「爆笑問題」の太田からも同じ匂いを感じています。同様にあの頃の大東一高の環境では難しい。

 つまり学校生活や教室の経験に頼らない、帰宅部の笑いという特徴を持つ二組の才能が東西で花開きお笑い界をリードした、そんな平成の世であった。

 背景には90年代前半に帰宅部の学生が急増したという事実があって、二人の笑いに共感を示す層が厚かったことも、恐らく後押ししたと睨んでいます。

 根底にあるのは、

 「学校も教室もつまらん、ついでに先生もクラスメートも!!」

 これでしょ。

 個人的にここに大変注目していました。

 ただ私は平成という世の中が日本近代史において、嫌な時代であったと認識しています。なので、お笑いという文化面でも特異だったであろうと。

 そのあたりを確認するための作業として、「M1」を視ている面もある。果たして令和は平成の延長戦なのか、それともしっかりと線が引かれたのか、そこを見切るために。

 そして先日の「M1」を視る限りにおいて、私の中では令和は平成とは別物で、昭和に戻った感覚があるのですがどうでしょうか。

 アホ漫才もしっかり帰って来ましたし。あれは「錦鯉」のキャラ漫才とは一線を画していると思いました。

 でっ、その今回の「M1」、体育会系が好きな私ですがひそかに「カベポスター」を応援していたのですよ。

 敗者復活戦、開始二十分ぐらいで「金魚番長」に瞬殺されましたが。

 「カベポスター」の新ネタ、観たかったわ。それが「金魚番長」に・・・・。

 別に「金魚番長」が悪いというわけではないのですが、東西吉本間でのカードの切り合いというか、調整・交渉って感じがしましたね、ありありと。

 まぁ、「カベポスター」が三年前のネタを演り出したとき、さすがにマズいな、とは思いましたが。

 結局、敗者復活から三本揃えるのがいかに難しいか。今回のファイナルの二本目ですら、どれも出来が良くなかったしね。まして三本となると・・・・。

 「カベポスター」、来年は頑張ってほしいものです。

 コントでは「青色一号」が好きですね。大阪ではめったには観れないのですが、西の空から応援しています。

 

 でっ、タイトルの件ですが、私の幼い頃、特に70年代における「年末賞レース」とは、歌謡界のイベントを指していました。

 まさに時代は昭和元禄。「レコード大賞」、「歌謡大賞」、「FNS歌謡祭」などで熾烈なレースが繰り広げられ、ファンはやきもき、それこそ一喜一憂したもんです。

 今からあの時代を俯瞰するに、大賞や各賞がまともな基準で決められていたとはまったくもって思えません。恐らく大手のプロダクションやレコード会社、テレビ局、諸々の都合や事情で勝手に決められていたのでしょう。

 でっ、令和のこのご時世、「賞レース」といえばお笑いとなるわけ。

 「R1」やら「キングオブコント」やら「THE W」やらあるわあるわ。果たしてそれらがまともに運営されているのか、どうなんですかね?

 そもそもその王道たる「M1」ですら、審査員9名のうち吉本が6名。司会の仕切りも吉本。そして主催は吉本とズブズブの大阪本社の朝日放送・・・・。

 お笑いを純粋に楽しむことはできると思いますよ。ても、誰が頂点に立つかは、ブックがあると思った方が良いっすよ。

 わかるんだけど、そこは織り込んで視た方が良い。

 情けない話、昭和の歌謡界だって賞レースはガチの真剣勝負だと思い込まれていたのですから、ええ。

 世の中、何事も繰り返すってことなのでしょうね。

 

 本日は以上です。

 

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