Till Eternity

どこよりも遅く、どこよりも曖昧に・・・・

森下ウオッチャー回想記 Ⅱ

 なんだかんだであれから四日。ドラフトネタは一区切りで、球界は日本シリーズで宴も竹縄って感じなんですかね、知らんけど。

 もちろん天邪鬼の私はといえば、相も変わらず指名選手の姿をここまで録りためたアマ野球の動画の入ったHDDから必死になって探し出してきて眺めています。嫁も娘も「もうこいつにはうんざり」って感じで冷ややかな視線を浴びせてきます、シクシク。でもね、これがお父さんなんだよ。

 でっ、今更ながら今回のドラフトを振り返ってみて感じるのですが、やっぱり不作だったなぁ、と。指名された選手の数も少なかったですが、それ以上に忖度指名も多かった・・・・。

 たとえば巨人の1位、2位は高松商に慶応。正力亨氏が生きていれば大喜びするような指名。また、西武が3位で九州国際大の選手を指名した際、”ああっ” と声を上げてしまった方も多いと思うのです。下位で近江の山田に救いの手を差し伸べたのにも、西武グループの根源を見る思いがする、というのは言い過ぎでしょうか。

 またヤクルトが最後に中大の北村を指名した裏には、小川GMの影を感じてしまうのです。つまり今年は指名に値する選手が少ないので、枠を埋めるために大人の事情を反映させやすかった、そんな風に感じた次第です。

 <本日の大人の事情>

 選抜以降の森下

 前回お伝えしましたが、選抜の森下を観た際、右腕主導のスイングが気になって、しかも特に矯正する気配もなく、ちょっとガッカリした、というのが正直なところ。チームはベスト4に入りましたが森下自身は、らしさをアピールすることができなかったように感じました。

 ヒットは出たものの長打はなく、自慢の飛距離どうこう以前の問題。そこから春の大会、そして夏の予選前まで調子を落とし、クリーンナップから外される憂き目にも遭う始末。今思えば、選抜の段階ですでに下降曲線を辿っていたようにも感じます。

 夏に入っても調子が上がって来ないので、確か県予選初戦はスタメン落ちしたのではなかったか。というのは当時の東海大相模には、二年に遠藤、一年には西川、山村と逸材が揃っていましたからね。特に西川は小学校の時から世代NO.1と囁かれていました。森下の代わりはいくらでもいる、そんな感じだったのではないでしょうか。

 しかし予選中盤から復帰してそれなりの活躍はしました。特に準々決勝だったか、横浜スタジアムで土壇場の九回にあわや場外という起死回生のホームランを打って完全復活をアピール。

 劇的なホームランという意味では、春の関東大会でもサヨナラの一発を花咲戦で打っています。そんな話題を耳にするたびに、森下が8月14日生まれの ”やらかす奴” であることに間違いはない、そう思ったものです。

 続きは明日以降で。

 虎の指名はブルーニッカンで!

 森下から話は逸れるのですが、ドラフト当日の朝に興味深い記事があったので、こちらも今更ながらですがご紹介しておきますね。

 抜いたのは日刊。

 どんでん、しゃべり過ぎやろ! 調子こきやがって。だからあの野郎をドラフトに絡ませるとロクなことないんだよな。こういうことするからスカウトの心が離れていくのですよ。立浪を見て学べよな、ったく・・・・。

 どう考えても日刊大阪に、岡田と特に昵懇の奴がいるのは間違いありません。来年の阪神、というか首脳陣の動きで知りたいことがあったら、日刊を買うなりWebを覗いてみるのが賢明かと思います。記事の質が他紙と違う気がしますね。まぁ、提灯記事も多いのでしょうけど、トホホ・・・・。